もうすぐ産まれる
朝の光は、以前よりもやさしい。
そう感じるようになったのは、
たぶん――俺の視線が、変わったからだ。
寝台の上。
横になったアイナが、ゆっくりと寝息を立てている。
臨月。
腹部は丸く、はっきりと命の重みを主張しているのに、
本人は相変わらず、無防備だ。
「……無理をするなと言っただろう」
小さく呟くと、
アイナは眠ったまま、わずかに眉を寄せた。
それだけで、胸がきゅっとする。
安定期を越えてからというもの、
時間の流れが変わった。
俺の一日は、
彼女の呼吸と、体温と、鼓動を中心に回っている。
歩く時は、半歩後ろ。
座る時は、必ず背を支える位置。
眠る時は、無意識に腹部を庇う腕。
……正直に言えば。
怖い。
戦場で刃を向けられる恐怖とは、まったく違う。
失うかもしれない、という想像が、
こんなにも人を無力にするとは思わなかった。
「……強くなったな」
ぽつりと零す。
アイナは、確かに強い。
治癒魔術師としても、人としても。
だが今は――
守られる側だ。
「俺が守る」
何度も、心の中で繰り返す。
昼下がり。
窓辺の椅子に座るアイナが、腹部に手を当てている。
「今、動いた」
そう言って、少し笑った。
「……本当か?」
「うん。ほら」
俺の手を取って、そっと導く。
掌の下で、
確かに、小さな動きが伝わった。
……息が止まる。
「……」
言葉が出ない。
命が、そこにいる。
俺と、アイナの間に。
「エルン?」
呼ばれて、はっと我に返る。
「……すまない」
「顔、怖いよ」
困ったように言うアイナに、
俺は思わず苦笑した。
「幸せすぎると、人は不器用になるらしい」
「なにそれ」
くすっと笑う声。
その一瞬が、宝物だ。
夜。
寝支度を終えたアイナが、少しだけ不安そうに言った。
「……ちゃんと、産めるかな」
俺は、迷わず答えた。
「産める」
「そして、俺はここにいる」
手を握る。
強く、確かに。
「怖かったら、名前を呼べ」
「何度でも戻る」
アイナは、安心したように目を閉じた。
「……エルン」
その呼び方ひとつで、
世界は整う。
寝息を立て始めた彼女を見つめながら、
俺は静かに誓う。
もうすぐ、産まれる。
この腕で受け取る命。
この人が、命を懸けてくれる未来。
……俺は、逃げない。
選ばれたから迷わないのではない。
守ると決めたから、迷わない。
それだけだ。
朝も、夜も。
不安も、痛みも。
全部まとめて、
俺の人生だ。
もうすぐだ、アイナ。
俺たちの世界は、
もう一段、広がろうとしている。




