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モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで  作者: ChaCha


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201/208

卒業式を君と

今日は卒業式だ。

胸元に留めた徽章が、朝の光を受けてきらりと瞬いた。

校舎へ続く石畳は、三年間の足跡をすべて覚えているみたいで、歩くたびに小さな音を返してくる。


思えば、本当に色々なことを乗り越えた。

重り、野外訓練、船、魔力循環、吐き気とバケツ、

そして――婚姻届。


順番?知らない。

人生はだいたい混線する。


式場に向かう途中、視界の端に淡い桃色が見えた。

カレンが、ベルンハルトの隣で微笑んでいる。

穏やかで、安定した距離。

危うく嵐に巻き込まれかけた時期が嘘みたいだ。


よかった。

本当に、よかった。


少し前を歩く騎士科の列に、見慣れた赤茶の背中。

ヴィルだ。

その隣に、治癒魔術科A班の女子。

控えめで、でも一生懸命で、ずっと前線を支え続けてきた子。


……あ。


私には分かる。

あの視線。

あの距離の取り方。

あの、ちょっとだけ照れた歩き方。


「……めっちゃ惚れてる」


口に出してから、はっとした。

新しい観察対象、発見。

ポップコーンとコーラが欲しい。心の中で。


「何を見ている」


低い声が、すぐ隣から落ちてきた。


振り向くと、エルンスト。

今日も背筋が真っ直ぐで、青い髪が朝日に映えている。

卒業式用の正装が、やたらと似合うのは反則だと思う。


「ヴィルを……観察してた」


「俺を見ろ」


即答だった。


次の瞬間、顎を軽く取られて、視線が塞がれる。

周囲に人がいるのは分かっている。

分かっている、けれど。


唇が、触れた。

深くはない。

けれど、逃げ道を作らない、確かな口付け。


一度、離れて。

また、重なる。


「……ちょ、ここ……!」


小声で抗議する間もなく、もう一度。


「卒業だ」


「それ理由にならないよ!?」


背後で、わっと声が上がった。


「ちょっとー!!」

「朝から熱いんだけど!」

「公式夫婦の暴力だろそれ!」


治癒魔術科B班の容赦ないヤジ。

騎士科B班は、にやにやしながら親指を立てている。


「お幸せにー!」

「卒業しても訓練は続くぞー!」


もう!!

なんてこった!!


顔が熱い。

心臓がうるさい。

でも、隣の体温が、確かで。


その瞬間だった。



ふわり、と。

空気が揺れた。


(……え?)


耳の奥に、確かに届く旋律。

甘くて、柔らかくて、やけに耳に馴染む音。


――乙女ゲームの、BGM。


(うそ……今?)


私は一瞬、立ち止まりそうになるのを堪えて、

そっと周囲を見回した。


ざわつきは、ない。

誰も、騒いでいない。


……聞こえてない?


そう思った、その時。


ふ、と視界の端に入った桃色。


カレンが、きょろきょろと周囲を見回していた。

明らかに、落ち着きがない。


(……あ)


そして。


ヴィルの隣に立っていた、

治癒魔術科A班の彼女が、小さく息を呑んだ。


「……え?」


声には出さないけれど、唇が確かに動いた。


『どうして……今……?』


その視線が、宙を探る。


――なるほど。


私は、胸の奥でそっと理解した。


(……聞こえてるんだ)


この音楽は、

誰にでも聞こえるものじゃない。


“世界を知っている側”にだけ、届く音。


エルンストが、何も気づかない様子で私の手を取る。

いつものように、当たり前に。


「どうした?」


「……なんでもない」


私は、小さく首を振った。


指と指が絡む。

その温もりが、現実へと引き戻してくれる。


カレンが、もう一度だけ不安そうに辺りを見て、

やがて、ベルンハルトの袖を掴んだ。


彼女の表情は、すぐに落ち着く。


音楽は、いつの間にかフェードアウトするように消えていた。


代わりに、響き始める拍手。

卒業生を祝う、現実の音。


私は深く息を吸って、前を向く。


(……大丈夫)


世界は、ちゃんと前に進んでいる。


名前が呼ばれ、立ち上がる。


最後にもう一度、エルンストを見ると、

彼は当然のように微笑んだ。


「行こう」


「うん」


音楽は、もう鳴っていない。


でも。


私は確かに知っている。

あの旋律が鳴ったということを。


卒業式を、君と。


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