学園生活を妻として再開
朝の空気が、やけに澄んでいた。
春から初夏へ移ろう境目の匂い。
学園の正門が見えた瞬間、私は立ち止まりそうになった。
(……戻ってきちゃった)
馬車を降りると、見慣れた石畳。
だけど、私の中身はまるで別人だ。
――妻。
その事実が、まだ脳内で変換されきっていない。
「行くぞ、アイナ」
自然すぎる声で呼ばれる。
隣にはエルンスト。
いつもの騎士科の制服、いつもの落ち着いた歩調。
ただ一つ違うのは、指先が迷いなく私の手を取っていること。
(これ、普通に手を繋いで登校してるよね!?)
学園の正門前。
人が多い。
多すぎる。
ざわ、と空気が揺れた。
「……え?」
「今の、エルンスト様?」
「手、繋いでなかった?」
「え、隣の人……治癒魔術科の……」
ひそひそ、ひそひそ。
視線が突き刺さる。
私は反射的に手を引こうとした。
「離すな」
小さく、しかし即座に言われる。
「妻だろ」
(つ、妻……!!)
脳内で文字が爆発した。
「ちょ、ちょっとエルン……学園では……」
「問題ない」
「問題しかない!!」
騎士科の男子生徒たちが固まっている。
魔術科の女生徒が口元を押さえている。
治癒魔術科の知り合いが、完全に思考停止している。
「……え?」
「アイナ?」
「え、え、結婚……?」
説明する暇もなく、鐘が鳴った。
「遅れるぞ」
エルンストは何事もなかったかのように歩き出す。
私は引きずられる形でついていく。
(私、昨日まで“溺愛されてるだけの治癒魔術科生徒”だったはずなのに!?)
教室に入った瞬間。
沈黙。
次の瞬間。
「ええええええええええ!!?」
治癒魔術科B班の叫びが天井を揺らした。
「ちょ、アイナ!?」
「左手!!左手!!」
「指輪ない!?」
「え、じゃあ何!?既成事実!?」
「既成事実って言い方やめて!!」
机に着くや否や、四方八方から詰め寄られる。
「どういうこと!?」
「説明!!」
「三行で!!」
「……えっと」
「結婚しました」
「以上です」
一瞬の静寂。
そして。
「「「はああああああ!?」」」
椅子が倒れた。
誰かが咳き込んだ。
誰かが拝んだ。
「待って待って待って」
「いつ!?」
「どこで!?」
「なにがどうなって!?」
私は頭を抱えた。
(追いついてないの、私だから……!)
その頃、騎士科では。
「エルンスト様が既婚……?」
「嘘だろ……」
「いや、隣歩いてた……」
「自然すぎて気付かなかった……」
魔術科では。
「え、治癒魔術科……?」
「戦場で結婚決めたってこと……?」
「怖……」
昼休み。
食堂に入った瞬間、また空気が変わる。
「来た……」
「奥さん……」
「治癒魔術科の……」
私はトレーを持つ手が震えた。
(ご飯食べづらい!!)
しかし。
「空いてるぞ」
エルンストが、堂々と席を確保していた。
しかも、隣。
「一緒に食べる」
疑問形ではない。
座った瞬間、周囲の視線が集中砲火。
「……ねぇ、エルン」
「ん?」
「私、まだ妻の自覚が……」
「慣れればいい」
「慣れるの前提なんだ……」
エルンストは魚を取り分け、何事もなく私の前に置いた。
「ちゃんと食べろ」
「午後も訓練だ」
その声音が、あまりにも“日常”で。
(……あ)
胸の奥が、少し落ち着く。
ざわざわしてる。
混乱してる。
学園は完全にカオス。
でも。
隣にいる人は、変わらない。
手は離さない。
目も逸らさない。
私を“妻”として扱うことに、一切の迷いがない。
(……私が追いつけばいいだけ、か)
スプーンを握り直し、私は小さく息を吸った。
学園生活、再開。
――妻として。




