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モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで  作者: ChaCha


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ヨハン、治癒魔術科を志す

朝のトゥルペ侯爵邸は、やけに賑やかだった。

庭に差し込む光がきらきらして、鳥の声まで弾んでいる気がする。


そんな中、食堂の一角で――事件は起きた。


「ぼく、きめた!」


高らかな宣言とともに、椅子の上に立ち上がったのは、末っ子のヨハンだった。

まだ背は低く、声変わりもこれからという年頃。

目だけがやたらと真剣で、握った拳がぷるぷるしている。


「ぼくも、治癒魔術科に入る!」


一瞬の静寂。


カチャン、と誰かのフォークが落ちた音がやけに大きく響いた。


「……は?」


最初に声を出したのは、兄のエルンストだった。

完全に予想外だったらしい。


隣で紅茶を飲んでいたアイナは、驚いてむせそうになり、慌てて口元を押さえる。


「ち、治癒魔術科……?」


「うん!」

ヨハンは勢いよく頷いた。

「だって!おねえさま、かっこいいんだもん!」


その一言で、場の空気が一変した。


「……かわいい」

アイナが小さく呟いた瞬間、エルンストとハインツの視線が同時にヨハンに突き刺さる。


「理由が不純だな」

「だが、動機としては悪くない」


評価が分かれた。


ヨハンは構わず続ける。

「ひとを助けるでしょ? それに、つよいでしょ? それに、それに……」


「それに?」


アイナが優しく促すと、ヨハンは胸を張った。


「筋肉!」


――その瞬間。


「お前、誰の影響だ」

エルンストが低い声で言った。


「兄上ですね」

ハインツが即答した。


「違う!」

「いや、似ている」


兄弟の応酬をよそに、

ヨハンはきらきらした目でアイナを見る。


「ぼくも、ひとを守れるひとになる!」


その純度の高い宣言に、アイナの胸がじんと温かくなった。


「……じゃあ、説明会、する?」


その一言が、すべての始まりだった。


場所は訓練場。

なぜか自然と集まる大人たち。

ネルケ辺境伯家の人間まで混じっているのは気のせいではない。


「治癒魔術科というのはだな」

ハインツが腕を組んで語り始める。

「回復役だが、前線に立つ。殴られる。投げられる。海に落ちる」


「船が飛ぶこともある」

エルンストが真顔で付け足す。


「魔力循環で吐く」

「吐く」

「吐く」


畳みかけるような現実に、ヨハンの顔が徐々に引きつっていく。


「……それでも?」


アイナが静かに問いかける。


ヨハンは一瞬だけ黙り込み、それから、ぎゅっと拳を握った。


「……それでも!」


その声が裏返っていないことに、周囲がどよめいた。


「根性あるな」

「筋はいい」

「うちの家系だ」


なぜか全員が頷き始める。


「じゃあ決まりだな」

ハインツがまとめに入った。

「まずは基礎体力だ」


「え?」

ヨハンが首を傾げた次の瞬間。


「腕立て!」

「腹筋!」

「走れ!」


なぜか説明会は即席訓練に変わり、庭に号令が響き渡る。


「……なんで盛り上がってるの」

アイナは呆然と呟いたが、

ヨハンは汗だくになりながら、楽しそうに笑っていた。


その姿を見て、エルンストは小さく息を吐く。


「……覚悟は、あるみたいだな」


「ええ」

アイナは微笑んだ。

「治癒魔術科は……厳しいけど、誇らしい場所ですから」


こうして、可愛い宣言は地獄の説明会を経て、

なぜか全員参加型の未来計画へと変わっていった。


トゥルペ侯爵邸の庭には、今日も元気な声と笑いが溢れている。


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