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モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで  作者: ChaCha


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196/208

祝杯という名の筋肉査問

ネルケ辺境伯城の大広間は、久しぶりに――

いや、正確には「久しぶりすぎるほど」に騒がしかった。


長机が並べられ、豪華な料理が所狭しと置かれ、

祝杯用の酒瓶が誇らしげに並んでいる。


つまり。


逃げ場がない。


「さぁさぁ! 本日の主役はこちらです!」


メリアの声が、やけに弾んで響いた。


私は――

正確には“私はもう”――

椅子に座ったまま、ぎこちなく笑顔を貼り付けていた。


「……あ、ありがとうございます」


どうしてこうなった。


ついこの前まで、

学園で筋肉と魔力と船酔いに追われていたはずなのに。


今は、

ネルケ辺境伯夫婦

トゥルペ侯爵夫妻

そして――


その間に座らされている、私とエルン。


完全包囲網。


ドワイト(お父さま)が、グラスを掲げる。


「では改めて。

 我が娘アイナと――」


一瞬、視線がエルンストに向く。


「――我が“婿”エルンストの婚姻を祝して」


婿。


はっきり言われた。


現実が、音を立てて確定した。


「「乾杯!!」」


一斉にグラスが鳴る。


その瞬間、

私の肩に、ずしりと重たい圧がのしかかった。


視線。


とにかく視線。


メリアは満面の笑みでこちらを見ているし、

トゥルペ侯爵夫人は、

「まぁまぁまぁ」と言いながら、

値踏みと慈愛が混ざった目で私を観察している。


……怖い。


祝杯なのに、査問が始まりそう。


「で?」


ドワイトが、唐突に口を開いた。


「アイナ。

 ちゃんと食べているか?」


「は、はい……」


「睡眠は?」


「えっと……ほどほどに……」


「筋肉は?」


「……き、筋肉?」


一気に話題が飛んだ。


エルンが、なぜか胸を張る。


「順調です」


順調って何。


ドワイトが、じっと私の腕や肩を見て、頷いた。


「ふむ。

 落ちてはいないな」


「お父さま!? 落ちるって何ですか!?」


「筋肉量だ」


即答。


「溺愛されると、体重が落ちる者もいるからな」


さらっと爆弾。


トゥルペ侯爵が、低く笑う。


「逆に増えすぎる者もいるが」


「どっちも地獄じゃないですか……」


ぽろっと本音が漏れた。


すると、

メリアと侯爵夫人が、顔を見合わせて――


にっこり。


「大丈夫よ、アイナ」


「ちゃんと見ているわ」


「必要なら、鍛錬も食事管理も――」


「両家で全面支援するから」


全面支援。


それは、助けなのか、圧なのか。


私はもう、笑うしかなかった。


「……ありがとうございます……」


横を見ると、エルンが満足そうに微笑んでいる。


完全に自分の勝利を確信した顔だ。


(この人……)


祝杯の席なのに、

筋肉・健康・生活管理・溺愛状況の

フルチェック。


それでも。


視線の奥にあるのは、

心配と、誇りと、喜び。


逃げ場はないけど――

拒否されているわけでもない。


私は、深く息を吸って、

もう一度、ちゃんと笑った。


「……私、頑張ります」


その瞬間。


「よし!」


「よかった!」


「では次は――」


次?


次って何?


ドワイトが、グラスを置いて宣言する。


「次は、

 夏季休暇の帰省計画と――」


一拍。


「結婚式の段取りだ」


……。


終わらない。


この祝杯は、

筋肉と溺愛と家族圧に満ちた、

長い夜になりそうだった。

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