護身術は愛しい君とだけ
朝の光は、敵だと思っていた。
だが今は違う。
薄いカーテン越しに差し込む光が、
彼女の輪郭をやさしく縁取っている。
――アイナ。
名前を呼ばなくても、視線が吸い寄せられる。
目が覚めた瞬間から、意識はすべて彼女に向いている。
ベッドの上で、軽く身を起こした彼女が伸びをする。
その動きひとつで、空気が変わる。
しなやかな背中。
鍛えられた体幹が生む、無駄のない線。
決して細すぎない、女としての柔らかさをきちんと残した身体。
――美しい。
心から、そう思う。
彼女は自覚していない。
自分がどれほど完成された肉体を持っているかを。
治癒魔術科という立場。
過酷な訓練。
重り、毒、野外訓練、海、魔力循環。
それらすべてを越えてきた身体は、
ただの「可憐な令嬢」のものではない。
腰のくびれは、力を逃がさないための線。
太腿の張りは、踏ん張るための筋。
胸から腹部にかけてのなだらかな起伏は、
生命力そのものだ。
抱けば溺れる。
触れれば戻れなくなる。
――俺は、最初から知っていた。
護身術の名目で向き合う。
だが、これは訓練じゃない。
俺は、彼女の前に立つ。
「構えろ」
そう言うと、彼女は一瞬だけ目を丸くして、
それから真剣な顔になる。
その切り替えが、好きだ。
足を開き、重心を落とす。
肩の力を抜き、視線を上げる。
完璧だ。
「……来い」
わざと、余裕を残した声で言う。
彼女は迷わず踏み込んできた。
小柄な身体からは想像できない、鋭さ。
腕を取る。
返される。
体を捻る。
息が、近い。
彼女の汗の香りが、微かに鼻先を掠める。
甘い。
熱を帯びた、抗いがたい匂い。
――反則だ。
だが、俺は逃げない。
彼女の動きを止め、
腰に手を回し、
体勢を崩す。
床へ。
押さえ込むつもりが、
自然と距離が近くなりすぎた。
彼女の胸が、わずかに上下している。
呼吸が乱れている。
俺のせいだ。
「……エルン」
呼ばれる。
その声で、すべてが緩む。
理性はまだある。
だが、もう“我慢”ではない。
俺は、彼女の肩口に顔を埋め、
深く息を吸う。
「……綺麗だ」
自然と、言葉が落ちる。
「鍛えられて、しなやかで、強い。
それでいて……女だ」
彼女が小さく息を呑むのが分かる。
「誰にも見せるな。
誰にも触れさせるな」
独占欲?
ああ、そうだ。
だが、健全だ。
これは、守るための独占だ。
「護身術はな、アイナ。
相手を制するためのものだ」
耳元で囁く。
「でも――
俺に対しては、全部さらせ」
指が、背中のラインをなぞる。
筋肉の動き、体温、生命の鼓動。
「これが、お前の全部だ」
抱き締める。
強くはない。
逃げ場を奪うほどでもない。
だが、確実だ。
「俺は、この身体に惚れたんじゃない。
だが――
惚れた女が、ここまで完璧なのは反則だ」
思わず、笑ってしまう。
「朝も、昼も、夜も。
訓練も、食事も、キスも」
彼女の額に、そっと口付ける。
「護身術の続きは、
俺とだけ、やれ」
彼女が小さく頷く。
それでいい。
世界がどう動こうと、何を仕掛けようと。
俺は、もう迷わない。
この身体も、この心も、
全部――
俺の愛しいものだ。
「逃げるな。
俺が、守る」
溺愛だと?
ああ、そうだ。
誇らしいほどに。
エルンストの独白




