君に口付けを
花弁が、音もなく舞っていた。
ガボゼの蔓を抜ける風が、さっきまでのざわめきをさらっていく。
エルンストは、顔を伏せたまま深く息を吐いた。
一度、二度。
肩が小さく上下する。
――まだだ。
完全には、戻っていない。
「エルン……エルン……」
声が震えた。
どうすればいいのか、分からなかった。
ただ、呼ぶことしかできなかった。
頬を、涙が伝う。
落ちる前に、彼の手が伸びた。
ぐっと、腕を引かれる。
次の瞬間、胸に押し込められるように抱き寄せられた。
心臓の音が、近い。
早くて、強くて、必死だ。
「アイナ……俺を見ろ」
低く、命令のようで、縋るような声。
アイナは、ゆっくり顔を上げた。
絡み合う視線。
世界が、すっと遠のく。
風の音も、人の気配も、消えた。
エルンストの唇が、そっと重なる。
確かめるように、離れては重ねる。
息が触れて、また重なる。
深くはない。
けれど、逃げ場のない近さ。
唇が触れるたび、
彼の震えが、少しずつ収まっていくのが分かった。
抱きしめる腕の力が変わる。
守るための強さから、欲する温度へ。
「……俺を選んでくれ、アイナ」
胸が、跳ねた。
選ぶ――?
答えは、もう決まっているのに。
言葉にするのが、怖いほど。
「……好き。エルンストが……大好き」
声が掠れた。
でも、逃げなかった。
「ああ。俺もだ」
短く、即答。
迷いのない声。
「……愛してるの」
言った瞬間、胸がいっぱいになった。
「俺の方が深い」
即座に返ってくる言葉に、思わず息を呑む。
「……私だけのエルンになって?」
問いかけるというより、願い。
「俺は、お前だけのものだ」
きっぱりと。
誓うように。
再び、口付けが重なる。
今度は、少しだけ深く。
離れがたいと、互いに知っているから。
そして――
「結婚してくれ」
あまりにも自然に、当たり前のように。
「……はい」
考える前に、答えていた。
一瞬、頭の端で思った。
――あれ? 交際、飛ばしてない?
次の瞬間、
エルンストが立ち上がり、アイナの手を取った。
逃がさない強さ。
「行くぞ」
低く、決定事項の声。
「どこへ……?」
問いかけても、手は離されない。
ただ、歩き続ける。
花の庭を抜け、
学園の道を越え、
馬車乗り場まで。
アイナは、引かれるままに歩きながら思った。
世界は、まだ揺れている。
でも――
この手だけは、確かだ。




