学園でピクニックを
その日、夕方の空気はやけにやわらかかった。
野外訓練を越えた後の学園は、まるで何事もなかったかのように穏やかで、
石畳に落ちる影も、風に揺れる木々も、すべてが「平和」を主張している。
……平和、だよね?
一応。
私は、いつものベンチに腰掛けて、指先を膝の上で組み替えていた。
この場所は、もう特別だ。
不安で泣きそうになった日も、安心で眠ってしまった日も、
全部ここに置いてきた。
足音が近づく。
振り向く前から分かる。
足取り、気配、距離の詰め方。
エルンストだ。
「待たせたな」
騎士科の制服姿。
訓練後なのか、少しだけ乱れた髪。
それでも、視線が合った瞬間に、胸の奥がきゅっとなるのは変わらない。
「ううん、今来たとこ」
嘘じゃない。
彼を待つ時間さえ、今日は不思議と苦じゃなかった。
少しだけ沈黙。
でも、以前のような張りつめた空気じゃない。
並んで座る距離も、自然だ。
……今だ。
私は、息を吸って、言った。
「ね、エルン」
呼びかけると、彼の視線がすっとこちらに向く。
逃がさない、というより――ちゃんと受け止める目。
「明日ね」
一瞬、喉が渇いた。
でも、逃げない。
「学園の昼食を、一緒にお庭で食べようよ」
言えた。
思っていたより、声は震えなかった。
エルンストは、少しだけ目を細めて、じっと私を見つめてくる。
視線が絡む。
逃げ場はない。
「……ふたりで?」
低い声。
確認するようでいて、どこか期待を含んでいる。
私は、ほんの一瞬だけ迷ってから、頷いた。
「……ふたりで」
その瞬間。
エルンストの口元が、はっきりと緩んだ。
隠す気もない、分かりやすい笑み。
「いいな」
即答だった。
「天気も良さそうだ。場所は任せていいか?」
「うん……!」
胸の奥が、ふわっと軽くなる。
たったそれだけの約束なのに、
世界が少し明るくなった気がした。
立ち上がる前、エルンストがふと私の方へ身体を寄せる。
近い。
でも、不安はない。
「楽しみにしてる」
囁くような声。
それだけで、心臓が跳ねた。
「……私も」
そう答えると、彼は満足そうに頷いた。
別れ際、背中を向けた瞬間。
足取りが、少しだけ軽い。
明日。
お庭で、昼食。
ふたりきり。
ただそれだけなのに――
今日は、ちゃんと眠れそうな気がした。




