絡まなくなった
あれ?
気づいたのは、ほんの些細な違和感だった。
学園の中庭。
回廊。
食堂。
訓練所。
――どこにも、いない。
正確には、ヒロインはいる。
けれど、エルンストの隣にはいない。
あれから数週間。
私はエルンストと、あの日のベンチで待ち合わせをして、
夕暮れの風に吹かれながら、短い逢瀬を重ねていた。
言葉は多くない。
でも、指先が触れる。
肩が寄る。
視線が絡む。
それだけで、心が落ち着いた。
そして、それに反比例するように――
ヒロインの姿が、私の視界から消えていった。
「……あれ?」
ぽつりと零れた私の声に、ヴィルが肩をすくめる。
「気づいたか」
「ヒロインが……エルンストと、絡まなくなってる」
断定すると、少し怖かった。
だから語尾が揺れた。
ヴィルは、あからさまに残念そうな顔をした。
「残念だな」
「……は?」
即座に睨むと、ヴィルは悪びれずに続ける。
「だってお前、前まで言ってただろ。桃色の恋を応援してるって」
「そ、それは……」
言葉に詰まる。
確かに言った。
確かに、応援していた。
エルンストが相手じゃなければ。
胸の奥が、きゅっと縮む。
「……そうだったけど」
声が、小さくなった。
学園生活は、相変わらず忙しい。
座学。
合同訓練。
魔力循環の実践。
身体は疲れるのに、心は妙に静かだった。
騒がしくもなく、
不穏でもなく、
ただ、淡々と日々が流れていく。
平和。
――あまりにも。
「もしかして……止まった?」
口に出した瞬間、胸の奥で何かが跳ねた。
淡い期待。
でも、期待だと認めるのが怖くて、
すぐに別の理由を探す。
(……ベルンハルト)
あの人は、凄まじく優秀だ。
頭も切れるし、行動も早い。
ヒロインのために、何か“した”としてもおかしくない。
イベントを。
世界の流れを。
彼女の行き先を。
「……そうであってほしいな」
誰にともなく、祈るように呟いた。
風が吹く。
髪を揺らし、花の香りを運ぶ。
中庭には色とりどりの花が咲き乱れていて、
春の光が、やわらかく石畳を照らしている。
綺麗だ。
――エルンストと、ここで。
ふと、そんな考えが浮かぶ。
(……ピクニック、したいな)
思ってもみなかった前向きな言葉が、
自然に心に浮かんだことに、自分で驚いた。
怖くない。
怯えていない。
ただ、会いたい。
次、ベンチで会ったら――
誘ってみようかな。
その考えに、
胸の奥が、ほんのり温かくなった。




