嗤う男
最初に気づいたのは、ほんの些細な違和感だった。
アイナが選ばなくなった色。
あれほど好きだった桃色を、手に取らなくなった。
以前なら、布でも、菓子でも、装飾でも。
「可愛い」と笑って、迷わず選んでいた色。
それが、ある日を境に、ぱたりと消えた。
――ああ。
分かりやすすぎて、笑いそうになった。
代わりに、彼女の視線は増えた。
桃色の髪を持つ“あの女”と、
その隣に立つ、青い男へ。
エルンスト。
あいつの周囲で、
桃色が揺れて、
微笑んで、
イベントみたいに絡み合っていく。
中庭。
回廊。
食堂。
偶然です、って顔をした必然が、
何度も、何度も、アイナの目の前で起きる。
……たまらない。
胸の奥で、じわじわと悦びが湧く。
アイナは強い。
鍛えて、立って、前を向く女だ。
だからこそ、
「奪われるかもしれない」という恐怖は、
彼女にとって一番効く毒だ。
それを、あいつらは、
無自覚に、完璧に、撒き散らしている。
いや――
エルンストは、半分くらい気づいてるな。
だが、あいつは選ぶ。
正しさを。
騎士としての行動を。
だからこそ、
“選ばれなかった側”の心が、どうなるかを考えない。
優しさで人を壊すタイプだ。
……最高じゃないか。
アイナの歩幅が、少しだけ小さくなった。
食事の手が、止まる瞬間が増えた。
笑う時、ほんの一瞬だけ、目が揺れる。
それを、俺だけが見ている。
エルンストが桃色と話している時、
アイナの指先が、無意識にローブを掴む癖。
知ってる。
誰よりも。
だから、落とす。
「……あいつら、お似合いだな」
あくまで、軽く。
冗談みたいに。
毒だと気づかれない濃度で。
アイナは笑う。
否定しない。
否定できない。
胸の奥で、何かがひび割れる音を、
俺は聞き逃さない。
ああ、いい。
エルンストが、
桃色に手を伸ばすたび。
アイナが、
一歩、俺の方へ寄る。
彼女はまだ、自覚していない。
この地獄が、
誰の手で、
どんなふうに、
丁寧に整えられているか。
俺は待つ。
焦らない。
奪わない。
追い詰める。
安心できる場所を装って、
逃げ道を一つずつ消していく。
幼馴染という立場は、
疑われない。
拒まれない。
逃げられない。
……ほら。
今日も、
桃色を見て、
顔色を失った。
いい顔だ。
胸がきゅっと縮む、その瞬間。
その弱さを、
俺は何よりも愛している。
嗤いが、喉の奥で転がった。
――大丈夫だよ、アイナ。
壊れる時は、
俺が、ちゃんと、拾うから。
ヴィル視点




