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モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで  作者: ChaCha


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学園へ向かう馬車

春になった。

長い冬を越えて、空気はやわらぎ、光にはちゃんと温度がある。

鍛えに鍛えた身体は重くもならず、むしろ芯が一本通ったようにしなやかだ。


――問題は、身体じゃない。


学園へ向かう馬車の中。

私、エルンスト、ヴィル。


……そう。

この並びである。


前回の夏季休暇。

私は確か、こう思った。


「ひとりで馬車に乗ればよかった……!」


そして今。


――ひとりで馬車に乗ればよかった(二回目)。


座席が、前回と違う。

エルンストが、私の隣に座っている。

当たり前のように、距離が近い。

肘が触れそうで触れない、あの微妙な間合い。


そして向かいの席には、ヴィル。


腕を組み、外を眺めている。

無表情。

だが、機嫌がいいわけではないのは分かる。


(……なんでこの配置になったんだろう)


答えは簡単だ。

誰も譲らなかった。


エルンストは当然のように隣に来たし、

ヴィルも当然のように

「そこは俺の位置だろ」という顔をしていた。


結果、こうなった。


沈黙。


馬車の揺れ。

蹄の音。

革張りの座席がきしむ小さな音。


――気まずい。


私は、窓の外を見つめるふりをする。

新緑が流れていく。

平和だ。とても。


(この平和、馬車の中に分けてほしい)


エルンストは、こちらを見ていない。

だが、視線の気配はある。

近い。静か。落ち着きすぎている。


ヴィルは、外を見ているふりをしている。

でも、時々こちらを確認しているのが分かる。

分かりやすすぎる。


(……やめて……)


胃が、きゅっとする。

毒でも二日酔いでもないのに。


誰か、何か、喋ってほしい。


「……春だな」


不意に、ヴィルが言った。


(来た……!)


「う、うん」

思わず、即答してしまう。


「雪がなくなると、道が広く感じる」

「確かに……」


会話は成立している。

成立しているのに、なぜこんなに緊張感があるのか。


その時。


「寒くないか」


エルンストが、低く尋ねてきた。


(来た!!)


「だ、大丈夫」

反射で答える。


「そうか」


それだけ。

それだけなのに、なぜか胸が鳴る。


ヴィルが、ふっと小さく息を吐いた。


「……学園、また忙しくなるな」


「うん。合同訓練もあるし」

「だな」


普通の会話。

本当に、普通。


――なのに。


三人とも、少しずつ言葉を選んでいる。

少しずつ、距離を測っている。


馬車は、淡々と進む。

春の道を。

何も知らない顔で。


(はやく着かないかな……)


心の中で、切実に願った。


この気まずさも、

この妙な張りつめ方も、

学園の門をくぐれば、きっと日常に飲み込まれる。


そう、信じたい。


ちらりと、二人を見る。


エルンストは、静かに前を見ている。

ヴィルは、変わらず外を見ている。


――どちらも、譲る気はなさそうだ。


私は、そっと背もたれに身を預けた。


(……やっぱり)


ひとりで馬車に乗ればよかった。


心の中で、三度目のため息をついた。




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