「君を迎えに来た」
「君を迎えに来た」
その一言が、冷えきった空気の中に、鈍く落ちた。
迎えに、来た?
この、籠城戦みたいな温泉宿まで?
胸の奥で、嫌な予感が一気に膨らむ。
笑って誤魔化す準備は、すでに整っていた。
「ま、まさか……」
視線が勝手に外へ流れる。
「命がけで温泉に入りたいっていう、
我が儘な貴族の……?」
一瞬の沈黙。
「我が儘?」
エルンストが、ほんの少しだけ首を傾げた。
その仕草が、逆に怖い。
「あ、いや、その……」
慌てて手を振る。
「命知らずというか、情熱的というか……?」
「ネルケ辺境伯殿が、道を整えてくださった」
淡々と告げられた言葉に、理解が追いつかない。
次の瞬間。
「……なんてこった!!!」
声が、素で裏返った。
宿の外。
視界に飛び込んできた光景に、思考が止まる。
巨大な魔術陣。
雪を蒸発させ、地面を露出させながら、一直線に伸びる道。
杖を掲げ、怒号を飛ばす魔術師たち。
「詠唱遅れるな!」
「魔力制御、甘い!やり直し!」
「面を広げろ!温泉宿は逃げない!」
……完全に、冬季訓練だ。
しかも、我が領が誇るエリート魔術師団。
なぜか新人までいる。
「ねえ……」
呆然と呟く。
「これ、どう見ても戦争前の布陣だよね?」
「安全確保だ」
エルンストは、真顔だった。
「道がなければ、作る。それだけだ」
それだけ、で済ませていい規模じゃない。
「やりすぎじゃない……?」
笑顔で言ったつもりが、声が引きつっていた。
その時、遠くで聞こえる魔術師団長の声。
やけに気持ち良さそうだ。
「もっと出力上げろ!」
「婿殿が見てるぞ!」
「遠慮するな!全力だ!」
……完全にノッてる。
エルンストの視線が、私に戻る。
訓練で乱れた髪。
汗の名残。
息がまだ少し荒いことも、きっと分かっている。
その目が、ゆっくりと深くなる。
「二ヶ月も、会えなかった」
低い声。
責めない。
怒らない。
ただ、事実を告げるだけ。
「迎えに来ない理由が、俺にはなかった」
ぞくり、と背中を何かが這った。
あ、これ。
ロマンスじゃない。
執念だ。
でも、ここで怯んだら負けだ。
私は私で、前に出る。
「えへへ」
無理やり、いつもの調子で笑う。
「ほら、見ての通りだよ!訓練してました!」
「贅肉と全力で戦ってた!」
「ほら、平和そのもの!」
平和の定義が怪しい。
エルンストは、ほんの一瞬だけ目を細めた。
それから、短く息を吐く。
「……無事でよかった」
その一言で、胸の奥が少しだけ緩む。
遠くで、魔術が雪を溶かし続けている。
湯気みたいに立ちのぼる白い光。
ロマンスの神様がいるとしたら。
今、絶対に腹を抱えて笑ってる。
だってこれ、
どう見ても――迎えに来た規模じゃない。




