ロマンスの神様。
昼食を終え、温泉宿の廊下には穏やかな午後の光が差し込んでいた。
外は相変わらず白い世界で、雪に反射した光が窓越しにきらきらと揺れている。
さて、お腹も満たされたし。
一息ついたし。
――食後の運動、やりますか。
そう決めて、私は伸びをひとつしてから訓練所の方向へ歩き出した。
「え!? 今からまたやるのか?」
後ろから聞こえてきた声に、振り返らず答える。
「食べたら動く。贅肉サヨナラ」
「……お前、ほんとにそれで後悔しないのか?」
その問いに、足を止めて考えるふりをしてから、にやりと笑った。
「贅肉と筋肉、どっちって問われたら?」
「……筋肉」
即答だった。
歯切れは悪いけれど、答えだけは正しい。
「だよね」
そのまま訓練所の扉を押し開ける。
木の床。広い空間。冷えた空気。
身体を動かすには、最高の環境だ。
やるからには、ヴィルも本気になる。
私も、本気だ。
向かい合った瞬間、空気が変わる。
笑いは消え、視線が絡み、呼吸が整えられる。
次の瞬間、身体がぶつかり合った。
転がされる。
立ち上がる。
組み付く。
逃げる。
捕まる。
汗が一気に噴き出し、息が荒くなる。
床に倒され、返し、また倒される。
「っ……!」
首に腕が回り、視界が一瞬揺れた。
「あっ、はぁ……ふぅ……もう……」
息が上がって、言葉にならない声が漏れる。
「もっと動けるだろ?」
余裕のある声。
楽しそうな笑み。
「ほら、頑張れ」
励ましなのか、煽りなのか分からないまま、私は歯を食いしばって体勢を変えようとした。
その時だった。
――ドンッ!!!
訓練所の扉が、蹴破られるような勢いで開いた。
盛大な音が響き、冷たい外気が一気に流れ込む。
「!?」
反射的に動きが止まる。
私は床に押さえつけられたまま、息を切らしている。
ヴィルは私に馬乗りになった状態で、片腕で体重を制していた。
お互い汗だく。
距離は、近すぎるほど近い。
……静寂。
時間が、凍りついた。
視線が、入口へ向く。
そこに立っていたのは――
雪と魔力の気配をまとい、青い髪を揺らした青年。
その瞳が、訓練所の光景を、正確に、逃さず捉えている。
「……ん……はぁ……」
荒い呼吸のまま、私は瞬きをしてから、ようやく理解した。
「え……?」
喉がひくりと鳴る。
「エルンスト……?」
汗と息と、視線と、凍った空気――
「うっそぉ……」
ロマンスの神様、仕事しすぎじゃない?




