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モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで  作者: ChaCha


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133/197

ネルケ辺境伯城へ届いた手紙

朝の光が差し込む執務室は、いつも通り静かだった。

分厚い書類の束、羽ペンの擦れる音、暖炉の火の小さな爆ぜる音。

ネルケ辺境伯ドワイトは、穏やかな表情で書簡に目を通していた。


――その静寂を破ったのは。


「失礼いたしますぅぅぅっ!!」


やけに弾んだ声と共に、執事が軽やかな足取りで部屋に入ってきた。

一歩、二歩……いや、あれは半ばスキップである。


ドワイトは眉をひそめ、ペンを置いた。


「……腰を痛めるぞ」

「なにをおっしゃいますか!わたくしめ、まだまだイケますとも!イケおじですからね!」


胸を張る執事に、ドワイトは小さくため息をついた。

だが、その様子がいつもと違うことにはすぐ気づく。


「……で?」

「はい!こちらを!」


執事は、これでもかというほど丁寧な動作で、一通の手紙を差し出した。


封蝋。

紋章。


それを見た瞬間――


ドワイトの瞳が、かっと見開かれた。


「……来たか」


次の瞬間、彼は椅子から立ち上がり、拳を天高く突き上げた。


「よし!!」


その声に、隣室から勢いよく扉が開く。


「あなた!?いまの声は――」


現れたのは、夫人メリアだった。

状況を察するより早く、ドワイトの手にある手紙を見て、息を呑む。


「……まさか」

「きたぞ」

「きましたの!?」


メリアの声が、一段高くなる。


ドワイトは満面の笑みで頷いた。


「婿が、遊びに来る」


一拍。


「まぁまぁまぁまぁまぁ!!!」


メリアは思わず両手で口元を押さえ、くるりとその場で一回転しそうになった。


「正式なご挨拶ではないが、長期滞在の打診だ」

「まぁ……まぁ……!」

「騎士教育と見聞を名目に、我がネルケ辺境伯領で冬を越したいそうだ」


執事は、にこにこと頷いている。


「非常に礼儀正しく、文面も申し分なく」

「でしょうね!あの子ですもの!」


盛り上がる夫婦。

だが、ふとドワイトの表情が曇った。


「……アイナは」

「……あ」


二人の視線が、同時に宙を彷徨う。


「温泉地で一ヶ月は帰らない、と言って出て行きましたわよね」

「言ったな」

「しかも、幼馴染と」

「……言ったな」


沈黙。


メリアは額に手を当てた。


「なんてタイミングで……」

「運がいいのか悪いのか分からんな」


だが、次の瞬間。


ドワイトは机を軽く叩いた。


「呼び戻す」

「もちろんですわ」

「手紙を出せ」

「すぐに!」


執事は深く一礼する。


「かしこまりました。最優先で」


踵を返す執事を見送りながら、メリアは小さく微笑んだ。


「……でも」

「うん?」

「この冬は、少し賑やかになりそうですわね」


ドワイトは、手紙をもう一度見つめる。


「……ああ」


その表情は、領主としてではなく。

父として、そして――


「婿を迎える男の顔だな」


辺境伯城の静かな朝に、

新たな波紋が、確かに広がり始めていた。



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