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モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで  作者: ChaCha


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申請書に記入は忘れない

二日酔いは、少しだけマシになった気がする。

「少しだけ」というのが重要だ。

胃はまだ自己主張が激しいし、頭の奥で鈍い痛みが居座っている。


食堂を見渡せば、視界に入るのは同類ばかりだった。

頬を押さえている者、スープを啜りながら遠い目をしている者、机に突っ伏している者。

ああ、これは完全に“翌日”の光景だ。


……ただし、騎士科を除く。


向こうの席では、いつも通りの姿勢で食事をしている騎士科B班がいる。

顔色も、動きも、昨日とほとんど変わらない。


(どうなってるの……?)


そんな理不尽を噛みしめていると、目の前に湯気の立つ器が置かれた。


「ほら、胃に優しいスープだぞ」


顔を上げると、そこにいたのはヴィルだった。

何も言わなくても、今の私に必要なものを把握しているあたり、さすが幼馴染である。


「ありがとう……助かる……」


素直にそう言ってスプーンを取る。

一口含んだ瞬間、じんわりと胃が落ち着いた。


「それは?」


隣から、穏やかな声がした。

視線を向けると、エルンストが私の手元を見ている。


「あ、これ? 休暇申請……忘れたら死ぬやつ」


そう答えると、ヴィルが吹き出した。


「ぷはっ。生きるのに必死すぎだろ」

「だって本当に死ぬじゃん。冬季訓練」


必死に申請書へ文字を書き込みながら返すと、ヴィルは肩を揺らして笑った。


「まぁ、そうだな」


そう言ってから、ふっと視線を柔らかくする。


「じゃあ俺も申請しなきゃな」


その言葉に、少しだけ胸が緩む。

同じタイミングで帰れるという事実が、なぜか安心感をくれる。


エルンストが、何か言いかけた。

けれど――


「アイナ」


ヴィルが、わざとらしいほど軽い声で割り込む。


「お前が好きな桃色だぞ」


はっとして、反射的に顔を上げた。


視界の先。

回廊の向こうで、光を含んだ桃色の髪が揺れている。

その隣には、銀色の髪。


手を取り合い、視線を交わしている二人。


「……なんということでしょう!」


思わず立ち上がりかけた私に、即座に突っ込みが入る。


「お前、申請書にソース落としてるぞ」

「手を取り合って見つめ合っている!」

「あーあ……新しい紙がいるな」


淡々と差し出される布巾。


「ほら、手も拭け」


「ありがとう! 神よ!」


(もう、ヒロイン達は交際がスタートしてるやつだ!)


拭きながらも、視線はつい、そちらへ吸い寄せられる。

キラキラしている。

眩しい。

今年の見納めにふさわしい光景だ。


(……いいなぁ)


そう思いながらも、申請書に視線を戻す。


今は、まず生き残ることが最優先だ。


聖誕祭の余韻と二日酔いと、

桃色と銀色に心を揺さぶられながら、

私は必死にペンを走らせた。


――昼食を食べながらでも、申請は忘れない。

それが、この学園で生き抜くための鉄則なのだから。



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