聖誕祭の翌日
頭が痛い。
重い。
ずきずきする。
鈍器で後頭部を殴られているような感覚に、うっすら目を開けた瞬間、私はすべてを理解した。
――二日酔いだ。
毒じゃない。
これは毒じゃない。
毒だったら慣れてる。
でもこれは違う。
「……あたま、われる……」
治癒魔術科一年生、アイナ。
聖誕祭の翌朝、見事に敗北した。
ゆっくり身体を起こすと、ベッドの柔らかさだけが唯一の救いだった。
野外訓練で、地面や岩や木の根と仲良くしてきた身としては、この文明の極みのような寝心地がありがたい。
ただし。
二日酔いがなければ、の話だ。
喉がからからに渇いている。
胃の奥が、静かに抗議している。
記憶を辿ろうとすると、途中から甘くてふわふわして、星がきれいで、あったかくて……そこで途切れている。
「……ベンチ……」
思い出しかけて、ぶんぶんと頭を振った。
今はそれどころじゃない。
ふらふらと部屋を出て、治癒魔術科の寮にある簡易ホールへ向かう。
昨夜は解散、とはならなかった。
なぜなら。
騎士科も治癒魔術科も、ほぼ全員が盛大に酔っ払っていたからだ。
野宿に慣れている彼らは、何の躊躇もなくホールに雑魚寝を決め込んでいた。
机を寄せ、毛布を引き、誰かのマントを枕にして。
――そして今。
簡易ホールの扉をそっと開けた瞬間、むわっとした空気が押し寄せてきた。
酒。
汗。
騎士科の革装備の匂い。
そして、盛大な二日酔いの気配。
「……生きてる?」
小さく呟きながら中を覗く。
床には、屍が転がっていた。
治癒魔術科の仲間たちが、あちこちでうめいている。
誰かは壁にもたれ、誰かは机に突っ伏し、誰かは毛布にくるまって動かない。
「……う、うごけない……」
「胃が……胃が主張してくる……」
「昨日の俺、なぜあんなに飲んだ……」
まさに阿鼻叫喚。
その中で。
ふと、視線を感じた。
顔を上げると、目が合った。
エルンストだった。
床に座り、背中を柱に預けながら、いつも通りの姿勢でこちらを見ている。
疲労の色はあるが、顔色は悪くない。
むしろ、穏やかに微笑んでいる。
――朝から、その笑顔は反則だ。
「……おはよう」
声を出すと、喉がひりっとした。
「おはよう。大丈夫か?」
心配そうな声音。
それだけで、胸の奥が少し楽になる気がするのが悔しい。
「……たぶん、生きてる」
そう答えた瞬間。
「ほら」
横から、湯気の立つカップが差し出された。
ヴィルだった。
温かい紅茶。
手際が良すぎる。
「ゆっくり飲め。胃に優しいやつだ」
「……ありがとう」
両手でカップを受け取る。
その温もりが、じんわりと指先から染み込んでいく。
治癒魔術科の仲間たちが、ぼんやりとその光景を見ていた。
「……なぜだ」
「俺たち、こんなに瀕死なのに……」
その視線の先。
騎士科B班。
彼らはというと――
「よく寝た」
「目覚め最高だな」
「朝飯いける?」
ケロッとしていた。
誰一人、床に突っ伏していない。
二日酔いの気配が、ない。
治癒魔術科の誰かが、震える声で呟く。
「……どうなってるの……?」
それに対して、騎士科の一人が首を傾げた。
「ん? 毒耐性あるからじゃないか?」
一瞬。
空気が止まった。
「……え?」
「……今、なんて?」
「毒……耐性……?」
全員の視線が、果実酒の瓶があった辺りに集中する。
「……この果実酒……」
「毒入りだったの……?」
「毒ではないが、体質によっては似たような反応になるな」
さらっと言うエルンスト。
治癒魔術科、絶望。
「そんな……」
「聞いてない……」
「誰もそんな説明してくれなかった……」
その時。
誰かが、ぽつりと呟いた。
「……今日、このまま学園なんだぜ……」
しん、と静まり返る簡易ホール。
次の瞬間。
「……無理……」
「授業……?」
「立てない……」
ズーン、と空気が沈んだ。
私は紅茶を一口飲みながら、天井を見上げる。
頭は痛い。
身体も重い。
でも。
昨日は、確かに楽しかった。
それだけは、間違いない。
「……生きてるだけ、勝ち……」
小さく呟くと、どこかから苦笑が漏れた。
聖誕祭の翌日。
学園は、容赦がなかった。




