星空の下で
夜気は澄み、聖誕祭の喧騒が遠くで溶けていく。
凍えた星が、音もなく瞬いていた。
肩に預けられた重みが、確かにそこにある。
呼吸。温度。微かな酒の甘い香り。
――戻ってきた。
違う。
連れ戻した、が正しい。
彼女の頭が、俺の肩に自然に収まっている。
意識が曖昧なはずなのに、拒絶はない。
それどころか、呼吸が整い、身体の緊張がほどけていくのが分かる。
俺は動かない。
この距離を、これ以上詰めない。
詰めれば、壊れる。
壊せば、もう戻れない。
だが――戻った。
聖誕祭の灯り。
笑顔。
乾杯。
誰もが彼女の時間を欲しがって、当然の顔で囲んだ。
俺は見ていた。
彼女が笑っているのに、胃を押さえるような仕草をしていたこと。
視線が落ち着かず、呼吸が浅くなっていくのを。
果実酒の杯が、知らぬ間に重なっていたことも。
選ばせる、と決めた。
だから、待った。
だが、あの場は違った。
あれは選択じゃない。
摩耗だ。
手を引いた時、迷いはなかった。
言葉は短く、動作は自然に。
誰にも疑われないように。
――そして、確実に。
追ってくる気配があった。
だが、足止めは十分だった。
視線が散り、笑いが絡み、時間がずれる。
その隙に、夜へ。
コートを掛けた瞬間、彼女の肩が小さく震えた。
寒さではない。
安心だ。
ベンチに並び、星を見上げる。
彼女の頭が、俺の肩に寄る。
計算ではない。
本能だ。
俺の指が髪に触れる。
絡めない。
撫でるだけ。
耳にかけ、頬に触れ、唇に指を添える。
触れる境界線。
越えない境界線。
それでも、十分だった。
「やっと……このベンチへ来てくれた」
声は低く、穏やかに。
彼女は目を閉じ、息を吸う。
胸いっぱいに、俺の香りを取り込む。
――取り返した。
この言葉は、甘くない。
奪い返した、でもない。
正確で、冷静で、静かな昂りを伴う。
彼女はここにいる。
俺の隣に。
選ばれた形で。
聖誕祭の灯りが遠い。
誰の視線も届かない。
この円は、俺が守る。
喉が鳴る。
抑える。
今は、抱き寄せない。
口付けもしない。
欲はある。
確かにある。
だが、今は満たされている。
彼女が小さく呟く。
「しあわせ」
その一言が、胸の奥を強く打つ。
刃のように鋭く、同時に温かい。
――聞いた。
彼女は、俺の腕の中でそう言った。
酔いのせい?
構わない。
真実は、状況が語る。
呼吸は深く、安定している。
息が吸える。
さっきまでの苦しさは消えている。
俺は星を見上げ、ゆっくり息を吐いた。
取り返した。
そして、失わせない。
待つ。
選ばせる。
だが、逃げ道は作らない。
それが、俺の誠実だ。
夜は静かで、冷たい。
だが、肩に伝わる温もりが、すべてを肯定していた。




