君を背負って
背中に伝わる重さが、やけに愛おしい。
軽いわけじゃない。
装備も、薬草の匂いも、毒で弱った身体も、全部そのまま背負っている。
それでも、不思議と苦にはならなかった。
むしろ――離したくない。
彼女の腕が、俺の首に回されている。
力は弱い。けれど、落ちないようにと必死にしがみつくその仕草が、胸の奥を強く締めつけた。
治癒魔術科は全滅同然だった。
歩ける者はいない。
泣き声と呻き声が、森のあちこちから聞こえてくる。
それでも、アイナは生きている。
俺の背中で、ちゃんと息をしている。
――それでいい。
学園へ続く道を、一歩一歩、確かめるように進む。
足裏に伝わる土の感触。
毒の残滓が漂う空気。
それらすべてを切り捨てるように、前だけを見る。
ふと、背中で小さく動く気配。
すん、と鼻を鳴らす音。
続いて、微かな呟き。
「……好き……」
一瞬、思考が止まった。
何を言われたのか、理解するまでに、ほんのわずかな時間がかかる。
だが、その間に、心臓が強く跳ねた。
(……毒のせいだ)
そう、理性は判断する。
疲労と毒で、思考も言葉も曖昧になっているだけだ。
それなのに。
耳元に、柔らかな吐息。
次の瞬間、ちくりとした感触。
――甘噛み。
「……っ」
喉が鳴るのを、必死で抑えた。
背中に回された腕が、少しだけ力を増す。
「かわいい耳だね」
「食べちゃいたい」
冗談めいた声音。
けれど、距離が近すぎる。
(……やめろ)
誰に言い聞かせたのか、自分でも分からない。
彼女か。
それとも、自分か。
耳が熱くなるのが分かる。
風のせいじゃない。
確実に、彼女の言葉のせいだ。
「……気持ちいい……」
背中でそう呟かれた瞬間、足が一歩、止まりかけた。
(――耐えろ)
今、振り返ったら終わりだ。
腕を伸ばしたら、もう戻れない。
彼女は弱っている。
毒に侵され、意識も曖昧で、判断力も鈍っている。
そんな状態で、何かを奪うような真似は――
騎士としても、男としても、許されない。
だから、前を見る。
学園の門が、遠くに見えてきた。
あそこまで行けば、解毒がある。
医療棟がある。
彼女は、安全だ。
背中で、呼吸がゆっくりと整っていく。
規則正しく、穏やかに。
眠ったらしい。
「……まったく」
小さく息を吐く。
怒っているわけじゃない。
呆れているわけでもない。
ただ――
(俺を、信用しすぎだ)
それが、何より危険だった。
この距離。
この無防備さ。
俺の背中に、全てを預けるその選択。
守りたい。
失いたくない。
誰にも渡したくない。
その感情が、静かに、確実に積み重なっていく。
学園の門が、はっきりと見える。
もう少しだ。
「……安心しろ」
眠る彼女に、聞こえない声で呟く。
「俺が、ちゃんと連れて帰る」
この背中から、落とすつもりはない。
今日も。
そして、これからも。
君が歩けるようになるまで。
君が自分の足で選べるようになるまで。
――それまでは。
俺が、背負う。
エルンスト視点




