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モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで  作者: ChaCha


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秋季、野外訓練四日目。

朝の森は、やけに澄んでいた。

空気が冷たく、肺に入るたびに「まだ生きてるよ」と確認されるような感覚がある。


――生きてる。

本当に、生きてるだけで奇跡だと思う。


「治癒魔術科は……死んだ……」


誰かの呟きが、テントの中に虚ろに落ちた。


「だから……まだ……殺さないで……」

「お願い……起き上がらせないで……」


地面と一体化した班の仲間が、ずるずると這い出してくる。

顔色は総じて青白く、目の下には濃い隈。

誰がどう見ても、敗北者の集団だ。


「みんな……ごめん……」


私も、膝を抱えたまま小さく頭を下げた。


「私の屍を越えて……ゆけ……」


言った瞬間、喉がひくりと鳴る。

乾いた笑いが、勝手に零れた。


「ははは……」


――だめだ。

笑うと、さらに死ぬ。


腹筋が攣る。

胃がひっくり返る。

毒がじわじわと体内で自己主張を始める。


「……アイナが一番、持ち堪えてるよな……」

「正直……君が倒れたら、全滅だった……」


そんなことを言われても、誇らしさは一切ない。

あるのは、「先に倒れたら負け」という謎の意地だけだ。


その時。


「素晴らしいですね!」


元気いっぱいの声が、無慈悲にも降ってきた。


ゆっくりと顔を上げる。

そこには、いつも通り朗らかな教官の姿。


「……教官……」

「ちょっと……ボソボソ……」


横から別の教官が耳打ちをする。

それを聞いた瞬間、今までに見たことがないほど悲しそうな顔をする主治癒魔術科教官。


「……残念なお知らせです」


嫌な予感しかしない。


「どうやら……まとまった魔物が、少ないそうです」


一瞬、静寂。


それから。


治癒魔術科のあちこちで、顔が上がった。


(え?)

(もしかして……)

(今日は……休める……?)


希望という名の幻が、ふわっと立ち上る。


だが。


「仕方ありません!」


教官の声が、その幻想を容赦なく叩き潰した。


「今日は森で、隠れんぼをしましょう!」


――は???


誰かが、はっきりそう言った気がする。


「騎士一名、治癒一名でペアを組んでください!」


は???


ざわり、と空気が揺れる。

嫌な方向に。


「リボンを配りますよー!」


教官が取り出したのは、鮮やかな布。

不穏なほど、カラフルだ。


(……まさか……)


「はい!デスマッチ!ファイト!」


なぜ、こうなった。


「リボンを奪われた者は、学園でも引き続き!」

「漏れなく!毒付き生活です!」


……。


理解した瞬間、治癒魔術科の空気が変わった。


目の色が。

完全に。


(やばい)

(これは……)

(本気のやつだ)


「優秀な騎士……!」

「頼む……!」

「俺と!」

「私とペアを!!」


あちこちから必死な声が飛ぶ。

いつもなら遠慮がちで控えめな治癒魔術科が、今は違う。


――生き残りが、かかっている。


毒付き生活。

それは、地獄の延長戦。


「アイナ……動けるか……?」

「動ける……動けるけど……」


正直、足の感覚は曖昧だ。

地面が少し、斜めに感じる。


それでも。


視線の先で、騎士科が整列し始めているのが見えた。


平然としている。

顔色も、呼吸も、姿勢も。


(……同じ毒、飲んでるよね……?)


疑いたくなるほど、別の生き物だ。


森の奥から、風が吹く。

葉がざわりと鳴り、光が揺れる。


隠れんぼ。

その響きは、どこまでも牧歌的なのに。


――実態は、生存競争。


「……屍、越え放題だな」

「……アイナ……生きて……」


仲間たちの声が遠い。


私は、ふらつく身体をどうにか立て直し、深呼吸をひとつ。


(……生きる)


生きて、帰る。

毒から解放される。


そして――

もう一回、ちゃんと笑う。


森の中で、笛が鳴った。


秋季野外訓練、四日目。


治癒魔術科は、今日も死にかけながら、

――まだ、生きている。



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