表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで  作者: ChaCha


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

112/208

削れていくもの

最初に異変に気づいたのは、数じゃない。

音だ。


治癒魔術の詠唱が、明らかに減っている。


森に響くはずの声が、途切れ途切れになっている。

息が荒い。

詠唱の滑舌が落ちている。

間が、長い。


……削れてる。


毒だ。

分かりきっている。

この訓練は、そういうものだ。


頭では理解している。

理解している、はずなのに。


「……っ」


奥歯を噛みしめる。


治癒魔術科の陣を見る。

誰も座り込んでいない。

誰も逃げていない。


それが、余計に腹立たしい。


立っている。

震えながら。

顔色を失いながら。

声を枯らしながら。


――立って、削れている。


「ふざけんな……」


喉の奥から、低く声が漏れた。


騎士科は違う。

毒に侵されても、倒れることは想定内だ。

斬られる。

刺される。

毒を受ける。

それでも前に出る。


それが俺たちの役目だ。


だが――


治癒魔術科は、違う。


削られる前提じゃない。

削られながら前に立つ存在じゃない。


命を“繋ぐ側”だ。


なのに。


「詠唱、続けます……」

「まだ……いけます……」


そんな声が聞こえるたび、胸の奥がざらつく。


誰がそこまでやれと言った。


教官か?

学園か?

それとも――本人たちか?


無意識に、視線が彼女を探す。


いた。

立っている。

いつもより呼吸が浅い。

肩が小さく上下している。


それでも、詠唱を止めていない。


「……やめろよ」


誰に向けた言葉か、自分でも分からない。


アイナは、昔からそうだ。

限界を、限界だと思わない。


誰かのためなら、簡単に踏み越える。

自分が壊れるラインを、平気で越える。


――だから、俺がそばにいた。


それなのに。


今は、俺の手の届かない位置にいる。


しかも、あの騎士の視界の中で。


エルンスト。


あいつは、立っている。

毒に侵されながらも、剣を下げない。

姿勢は崩れず、判断も鈍らない。


……腹が立つ。


なぜだか分からないが、腹が立つ。


(ああいうのが……一番、信用ならない)


耐えている。

守っている。

正しい立ち方をしている。


分かっている。

分かっているからこそ、苛立つ。


あいつは、アイナを見ている。


治癒のタイミング。

魔力の揺らぎ。

声のかすれ。


全部、把握している目だ。


「……見るな」


小さく呟いた。


誰にも届かない声。


削れているのは、治癒魔術科だけじゃない。


俺の中の“余裕”もだ。


幼馴染としての立場。

安全圏。

信頼。


それらが、少しずつ、確実に、削られている。


「……クソ」


毒に侵されているのは、誰だ。


治癒魔術科か。

騎士科か。


それとも――俺か。


再び、詠唱が響く。

弱く、それでも確かな声。


アイナだ。


その声を聞いた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。


守らなきゃならない。

取り戻さなきゃならない。


あいつの視界から。

この戦場から。

この“削る場所”から。


理由は、もうどうでもいい。


ただ一つ、はっきりしている。


――これ以上、削らせる気はない。


それが、幼馴染の執着なのか。

それとも、もっと別の名前を持つ感情なのか。


今は、どうでもよかった。


ただ、苛立ちだけが、静かに、確実に燃えていた。



ヴィル視点

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ