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モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで  作者: ChaCha


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110/208

秋季、野外訓練三日目。

朝。


テントの外は、澄み切った秋の空気――のはずだった。


……寒い。


いや、違う。

寒いのではない。


私たちが、冷え切っている。


治癒魔術科のテントは、もはや戦場だった。

静かに横たわる者。

うめき声をあげる者。

テントの入口から、這い出てくる影。


「……待って……」

「勝手に……殺さないで……」


地面に頬を擦りつけながら現れたのは、B班の仲間だった。

髪は乱れ、目は虚ろ、足元はおぼつかない。


「……気持ち悪い……」


それを見て、私は思った。


(……うん、生きてる)


生きてるだけで、奇跡。


「血の気が引きすぎて……」

震える声で呟く。

「秋の気温が、もう真冬!!」


歯が、がちがちと鳴る。

毒の影響なのか、恐怖なのか、両方なのか。

分からないけど、止まらない。


毛布をかぶっても、温まらない。

もちろん治癒魔術は効かない。


治癒魔術科。

完全に、消耗戦のど真ん中だった。


「……なぁ」

地面に顔を伏せたまま、仲間が呟く。

「騎士科の人たち……」


視線の先。

少し離れた場所で、騎士科が装備を整えている。


……立っている。


普通に。


顔色も、そこまで悪くない。

いや、悪いのは悪い。

でも、倒れていない。


「……あの人たち」

別の班員が、弱々しく続ける。

「死にかけまくってきたから……」

「毒耐性、やばいんだって……」


理解してしまった。


彼らは、

「死にかける」ことを、何度も越えてきた人たちだ。


「……超えた先で」

誰かが、震えながら言う。

「なお立つ戦士……」


……言ってることは、ものすごく格好いい。


けど。


発言してる本人、

ほっぺ、地面についてる。


「……起き上がってから言おうか……」


声に出す元気もなく、心の中でツッコミを入れた。


その時。


元気すぎる声が、森に響いた。


「さぁ!盛り上がってきたぞー!!」


教官だった。


元気。

異常に元気。


「これから!」

「魔物を追い込んでくるから!」

「待ってなさーい!!」


……。


一瞬、時間が止まった。


「……追い込む?」


誰かが、かすれた声で復唱する。


「追い込む……?」

「……え?」


脳が、理解を拒否する。


(待って)

(待って待って待って)


追い込む、って。


今?

この状態で?

毒が回って?

震えが止まらなくて?

視界がたまに揺れて?


「……魔物を」

誰かが、ひくりと笑った。

「……サービス精神旺盛だな……」


「……死ぬ前に、盛り上げてくれるってこと?」


「やめて……優しさが……重い……」


テントの中に、乾いた笑いが広がる。


私たちは、知っていた。


これは訓練だ。

生存率を上げるための。

理不尽を当たり前にするための。


でも。


(……キツい)


心臓が、重たい。

身体が、自分のものじゃないみたいだ。


それでも。


治癒魔術師は、立つ。


詠唱する。

手を伸ばす。

命を、繋ぐ。


「……行くよ」

私は、震える足で立ち上がった。

「まだ……生きてる」


仲間が、頷く。

誰かが、拳を握る。


恐怖はある。

限界も近い。


でも。


ここで倒れたら、

それこそ本当に、終わる。


遠くで、魔物の咆哮が聞こえた。


追い込まれてきている。


私たちの方へ。


「……来たね」


誰かが言った。


治癒魔術科、三日目。


まだ、死なない。


――死ねない。



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