秋季、野外訓練二日目。
朝の空気は、ひどく澄んでいた。
昨日までの喧騒が嘘のように、森は静かで、冷たい露が草葉に残っている。
その静けさが、逆に不気味だった。
理由は、全員が分かっている。
――毒。
昨日、震える手で飲まされた紫色のポーション。
即死はしない。
だが、確実に“削ってくる”。
体力を。
集中力を。
精神を。
教官は淡々と説明していた。
戦場では毒矢も、毒針も、毒ガスも当たり前。
治癒魔術があっても、即死したら意味がない。
だから、生き残るために耐性をつける。
理屈は分かる。
分かるけど。
(……分かりたくなかった)
腹の奥が、じわじわと焼けるように痛む。
吐き気が、波のように押し寄せては引く。
喉が渇くのに、水を飲めば胃が悲鳴を上げる。
それでも、整列。
それでも、展開。
「……始めるぞ」
号令と同時に、前線で騎士科が動き出す。
剣が閃き、魔物が倒れる。
動きは昨日よりも速い。
――当たり前だ。
毒を飲み慣れている側と、初体験の側。
差が出ないわけがない。
私たち治癒魔術科は、外縁で詠唱に入る。
「はぁ……はぁ……」
呼吸が浅い。
胸が苦しい。
魔力を流そうとすると、身体が拒否する。
詠唱の言葉が、喉に引っかかる。
「……っ」
隣の班員が、膝をついた。
「だ、だめ……ここで……」
「跪いたら……立てなくなる……」
分かっている。
倒れたら、そこまでだ。
別の方向から、かすれた声。
「詠唱……するほど……声が……」
「喉が……焼ける……」
それでも、魔力陣を維持する。
治癒を止めるわけにはいかない。
魔物は、次々と倒れていく。
騎士科の動きは、冷静で、正確で、無駄がない。
――強い。
でも。
(……これ、おかしくない?)
倒れているのは、魔物じゃない。
削られているのは、私たちだ。
視界の端が、少し歪む。
足元の感覚が、ふわりと遠のく。
「……っ、集中……」
自分に言い聞かせる。
今は、立っている。
まだ、詠唱できる。
教官の声が、どこか遠くから聞こえた。
「いいぞ!その状態で治癒を通せ!」
「それが実戦だ!」
――実戦。
確かにそうだ。
でも。
(……死ぬの、私たちじゃない?)
胃の奥が、きゅっと縮む。
吐き気を噛み殺しながら、魔力を流す。
ふと、視線が前線に向いた。
騎士科。
平然としている。
毒の影響など、ほとんど感じさせない動き。
「……え?」
思わず、声が漏れた。
「飲み忘れ……?」
「……まさか」
いや、違う。
彼らは、これを“通過点”として知っている。
何度も。
何度も。
この痛みを越えてきた。
(……すごいな)
尊敬と同時に、震えが来る。
私たちは今、
魔物と戦っているんじゃない。
自分の身体と、
自分の恐怖と、
じわじわ迫る「死」と、戦っている。
「……はぁ……はぁ……」
呼吸を整えながら、詠唱を続ける。
倒れそうだ。
逃げたい。
泣きたい。
それでも。
(……まだ、立ってる)
誰かが呟いた。
「……魔物より……毒の方が……強敵……」
思わず、苦笑が漏れた。
本当に、その通りだ。
秋季野外訓練二日目。
これは、戦闘訓練じゃない。
――生存訓練だ。
そして私たちは、
今まさに、その真ん中に立たされていた。




