静かな確信
……やっぱり、だ。
昼食が終わってから、ずっと胸の奥に引っかかっている。
理由は、はっきりしている。
アイナの様子だ。
言葉を選ぶ仕草。
視線が一瞬だけ泳いだ、あの間。
口を開きかけて、閉じた唇。
(言わなかった、んじゃない)
回廊を歩きながら、何度もその場面を反芻する。
(……言えなかった、だ)
理解した瞬間、背筋がひやりと冷えた。
それは、彼女が迷っている証拠。
そして――誰かを選びかけている証拠。
俺は、責めなかった。
問い詰めなかった。
あくまで、いつも通りの幼馴染でいた。
それは、間違っていない。
むしろ、最適解だ。
あの場で一歩でも踏み込んでいたら、
アイナは、逃げただろう。
無意識にでも、距離を取ったはずだ。
(……危ないな)
静かに、そう思う。
エルンスト。
あいつの立ち位置。
近づきすぎず、離れすぎず。
触れないのに、逃がさない距離。
あれは、無自覚なんかじゃない。
計算でもない。
もっと厄介な――本能だ。
しかも、タチが悪いのは。
(……アイナは、怖がってない)
むしろ、安心している。
守られていると、感じている。
それが、何よりもまずい。
俺の方が、長い。
一緒に過ごした時間も、知っていることも。
泣いた夜も、弱音も、失敗も。
それでも今、
アイナの心臓を鳴らしているのは、
俺じゃない。
(……焦るな)
心の中で、何度も言い聞かせる。
焦ったら終わりだ。
踏み込めば、壊れる。
だから、今日は送った。
寮の扉まで。
これ以上ないほど、自然に。
露骨に囲わない。
でも、逃げ道は減らす。
(……囲った)
それでいい。
今は、それで十分だ。
アイナは、優しい。
気づかないふりをする。
違和感を、違和感として受け取らない。
だからこそ、俺がやる。
エルンストから守る?
違う。
――アイナ自身から、だ。
夜。
寮の前に立ち、窓を見上げる。
灯りがついている。
帰っている。
それだけで、胸の奥が落ち着く。
少しずつでいい。
彼女の行動範囲を、
俺の視界の中に収めていけばいい。
幼馴染という立場は、強い。
永遠だ。
恋人は壊れる。
想いは変わる。
でも。
幼馴染は、
――逃げられない。
「……大丈夫だ」
小さく、誰にも聞こえない声で呟く。
アイナは、俺の元に戻ってくる。
戻らないなら、戻るようになる。
それだけの話だ。
夜風が、冷たい。
けれど、胸の奥は不思議なほど静かだった。
焦りはない。
怒りもない。
ただ、確信だけがある。
静かに。
確実に。
根を張るように。
――まだ、間に合う。
アイナを送り届けた、扉を見つめたまま
俺は動けなかった……
ヴィル視点




