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モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで  作者: ChaCha


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沈黙の帰り道

昼食が終わってから、放課後、寮へ送り届けられるまで。

その時間は、やけに長く感じられた。


食堂を出た瞬間、空気が一段、冷えた気がした。

昼の喧騒はまだ残っているはずなのに、私の周りだけ、音が一枚隔てられたように遠い。


ヴィルは、何も言わなかった。

それが、逆に重かった。


並んで歩く足音だけが、回廊に淡く反響する。

いつもなら、どうでもいい軽口が飛んでくる距離。

今日は、それがない。


(……怒ってる?)


違う。

怒りじゃない。

もっと、静かで、もっと、深いもの。


視線を向けられていないのに、背中がひりつく。

言えなかったことが、言葉にならなかったまま、私たちの間に横たわっている。


「……」


何か言わなきゃ、と思う。

でも、何を?


週末のこと?

エルンストのこと?

それとも――言えなかった自分の弱さ?


喉が、きゅっと締まる。


寮へ向かう、いつもの道。


ヴィルの歩幅が、微妙に私に合わせられていることに気づいてしまった。

逃げないように。

置いていかれないように。


――囲われている。


その認識が、遅れて胸に落ちてきた。


「今日は……」


ヴィルが、低く切り出した。


心臓が跳ねる。


「疲れてるだろ」


それだけ。


責めない。

問い詰めない。

ただ、事実だけをなぞる声音。


「うん……」


答えると、ヴィルは小さく息を吐いた。


「無理、すんなよ」


その言葉が、妙に重い。

“無理”の中身を、彼はどこまで分かっているんだろう。


寮が見えてきた。

扉の前で、自然と足が止まる。


「……ありがとう」


手が、少し震えた。


ヴィルは、私が扉を開けるまで、動かなかった。

まるで、最後まで確認するみたいに。


扉をくぐる直前、ふと振り返る。


ヴィルは、いつもの幼馴染の顔で笑っていた。

でも、その瞳の奥に、沈んだ影がある。


「おやすみ、アイナ」


「……おやすみ」


扉が閉まる。

パタンと音がした瞬間、張りつめていたものが一気に落ちた。


廊下の窓から、そっと外を見る。

ヴィルは、まだそこにいた。


動かない。

帰らない。


ただ、私のいた場所を、見ている。


(……どうして)


胸の奥が、じわじわと冷えていく。


今日は、いつもの場所へは行けない。

行ってはいけない。

そんな気が、はっきりとした。


“言えなかった昼食”は、

ただの沈黙じゃなかった。


確かに、何かを歪ませた。

静かに。

確実に。


私は、カーテンを閉め、背中を壁に預ける。


――逃げたわけじゃない。

でも、踏み込めなかった。


その代償が、

今、じわじわと形を持ち始めている気がした。


沈黙は、優しいふりをして、

一番残酷だった。


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