種子を持つ少年と共犯者
第一節:見張りのリュウ
レンとカイがボイラー室の貯蔵庫で息を整えていると、ドアの前に立っていたのは、あの体育会系の生徒、リュウだった。筋肉質な体躯、無愛想な顔。彼はレンたちを冷たく見下ろしていた。
「地下一階だなんて、趣味が悪いデートだな。神崎」リュウは嘲笑した。しかし、その瞳はレンのポケットの膨らみ、特に古文書の破片が入っている辺りを鋭く見ていた。「俺が見たのは、君たちが慌てて倉庫に滑り込んだところだ。何かを隠しているな」
「君には関係ない」レンは立ち上がった。体は疲労で限界だが、レンの異能が覚醒したことで、脳は異常なまでにクリアだった。
「関係なくないね」リュウは一歩踏み出し、貯蔵庫の狭い空間をさらに圧迫した。「この学園の秩序は、俺たちが守っている。お前たちが、彼に会いに行ったんじゃないかという噂を聞いた。吉田ユウキのことだ」
カイが怯えて後ずさりした。リュウの口から、ユウキの名前が出た。彼は完全に秘密を知っている側の人間だ。
「ユウキは退学したはずだ」レンは強気に言い返した。
「ハッ、その馬鹿げた『公式発表』を信じているのは、親と一年生だけだ」リュウは鼻で笑った。「ユウキは退学じゃない。彼は今、『種子』だ。次の収穫まで、シオン(SION)機構に縛られている。それを知った上で、お前たちは何をした?」
リュウは鋭い動きでレンの襟首を掴んだ。「ポケットの中身を出せ。あの地下祭壇から何かを盗んだな」
レンは抵抗しなかった。物理的な力でリュウに勝つ見込みはない。レンの異能は、身体能力の強化ではない。彼は、霊的な力を利用しなければならなかった。
第二節:残留思念の操作
「お前も共犯者なんだな、リュウ」レンは静かに言った。
その言葉は、リュウの感情を揺さぶった。彼の力が緩んだ一瞬を捉え、レンは意識を集中させた。
――怒り、恐れ、そして自己嫌悪の残滓
レンは、この狭い貯蔵庫の壁に染み付いた、過去の生徒たちの自己否定と、裏切られた者たちの憎悪の残留思念を一気にリュウへと叩きつけた。
リュウの顔が、一瞬で苦痛に歪んだ。彼は何かに殴られたように両手で頭を抱え、後ずさりした。
「う、うるさい!消えろ!俺は...俺はただ、選ばれた者として、学園の秩序を...!」
リュウの目に、激しい幻覚が映し出されているのがレンには分かった。それはおそらく、彼が犠牲にした者たちの責め苦のビジョンだ。レンの力は、相手の精神的な弱点を利用し、残留思念を具現化する方向に進化していた。
「走れ、カイ!」
カイは既にパニックを乗り越え、冷静さを取り戻していた。彼はポケットから取り出した小型の電子機器を貯蔵庫の天井の配線に投げつけ、バチバチという音と共に火花が散った。
「火災報知器だ!これで西棟の警報が鳴る!」カイは叫んだ。
レンとカイは、火災報知器が鳴り響く混乱に乗じて、貯蔵庫を飛び出し、東棟の寮へと続く連絡通路を全速力で走った。彼らは、後ろで苦悶の声を上げ、幻影と戦っているリュウの姿を振り切った。
第三節:夜明け前の密談
寮の部屋に戻った時、外はまだ夜明け前だった。二人はベッドに倒れ込み、体中の筋肉が鉛のように重いのを感じた。
「人形使いは校長、守り手は大河、そしてリュウのような生徒たちが実行部隊...」カイが喘ぎながら言った。「僕たちは、巨大なカルト集団の真ん中にいるんだ」
レンは古文書の破片を取り出し、もう一度、解読できた古代語の部分を指さした。
「問題は、この『種子』だよ。ユウキは、単なる生贄じゃない。彼はシオン機構に縛られ、この学園の魔術的な力を維持する核になっている。彼が死んだら、この学園の全てが崩壊するだろう。だからこそ、校長は『退学』ではなく『失踪』の形をとった」
「じゃあ、ユウキを助け出すことは、この学園を崩壊させることとイコールなのか?」
レンは窓の外、濃い霧に包まれた西棟をじっと見つめた。「その通りだ。そして、僕たちがその糸を断ち切るには、ユウキを解放する手順、つまり『人形使いを顕現させる』方法を知る必要がある」
レンは悟った。彼らが知っている情報は、あまりにも断片的だ。彼らは、この学園の魔術の歴史、古文書、そして隠された通路の全てを知っている人物を探さなければならない。
「僕たちには、共犯者が必要だ」レンは立ち上がった。「それも、学校の構造と秘密の歴史を知り尽くしている人間が」
レンの脳裏に浮かんだのは、昨日の昼休みに図書館で見た、静かで、いつも古文書に囲まれている少女だった。図書館委員のミズホ。
第四節:図書館委員ミズホとの接触
翌日の昼休み、レンは人目を避けて、古図書館へと向かった。西棟は昨夜の火災報知器騒動(カイの仕業だ)で立ち入り禁止となっていたが、図書館委員のミズホは特別に開館作業を許可されていた。
レンが古図書館に入ると、ミズホは中央の巨大な閲覧テーブルで、分厚い革表紙の本を読んでいた。彼女は髪を編み上げ、眼鏡の奥の目は知的好奇心に満ちているが、同時に深い孤独を秘めているように見えた。
「図書館委員さん、少し話がある」レンは静かに声をかけた。
ミズホは本から目を上げ、レンを一瞥した。彼女の顔には、昨夜の騒動に対する警戒心が見て取れた。
「神崎レン君ね。転入初日から、古図書館の裏側を探るなんて、勇気があるのか、馬鹿なのか、判断に迷うわ」ミズホの声は、澄んでいて、冷たかった。「ここは噂の巣窟よ。部外者は静かにして」
「僕は部外者じゃない。ユウキの友人だ」レンはそう嘘をつき、ミズホの前に座った。「君は、この学校の秘密を知りすぎているように見える。特に、この本棚の奥にあるものとか」
ミズホの表情が硬直した。彼女の瞳に動揺が走る。レンはすかさず古文書の破片を取り出し、テーブルの上に置いた。
「この紋章。知っているだろう?これは、天宮の真のシンボル。そして、ここに書かれているのは、『第十三の贄』、つまり吉田ユウキのことだ。僕たちは、君の助けが必要だ」
ミズホは羊皮紙を凝視し、手が微かに震えた。数秒後、彼女は顔を上げ、レンを正面から見据えた。警戒心は消え、代わりに、諦めと決意が混じった複雑な表情が浮かんでいた。
「あなたは...本当に、見えているのね」ミズホは囁いた。「わかった。私は、この図書館の『古の記録』全てを知っている。その代わり、あなたに一つだけ頼みがある」
ミズホは読んでいた本を閉じ、その表紙に記された、ほとんど読めないラテン語のタイトルを指差した。
「今夜、門限が過ぎたら、この本を持って、中庭の東側にある**『時間の無い部屋』**へ来て。それが、共犯者になるための、私の最初のテストよ」
ミズホはそう言い残し、立ち上がって閲覧室の奥へと消えていった。レンは、古書のタイトルと、ミズホが言及した**『時間の無い部屋』**という謎めいた場所に、新たな危険の予感を覚えた。




