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守り手の鎌と覚醒

第一節:地下の追跡劇

「カイ、走れ!」

レンの叫び声は、湿った地下通路の石壁に吸い込まれていった。レンとカイは、背後でカッターナイフのような研ぎ澄まされた音が響くのを聞きながら、出口とは逆の、さらに深い闇へと逃げ込んだ。

守り手である大河たいがの動きは、人間離れしていた。その巨体にもかかわらず、彼は音を立てずに追跡してくる。彼の右手に握られた錆びた鎌が石畳に擦れる甲高い音だけが、絶え間ない死の予告のように二人に迫った。

「くそっ、曲がり角が多すぎる!」カイが息を切らせて呻いた。眼鏡が汗で曇り、何度もずり落ちそうになっている。彼は運動が苦手な典型的ないたずらっ子で、この肉体的苦痛と極度の恐怖は、彼の限界を遥かに超えていた。

「この通路は不規則だ。計画性がない。逃げ道を見つけるぞ!」レンは叫んだ。彼は頭の中で、ユウキの残像が示した祭壇の部屋からここまでの経路を必死に再現しようとした。彼の異能は、この地下迷宮の冷たい壁に残された数えきれないほどの恐怖の残滓ざんしに反応し、頭痛を引き起こしていた。しかし、その残滓の混沌としたエネルギーが、通路の構造を一時的に可視化してくれているようにも感じられた。

鎌の音が急に近くなった。大河は追い詰めるために、ショートカットを使ったのだ。

「レン、行き止まりだ!」

彼らが飛び込んだ小部屋は、突き当たりが硬い岩盤で塞がれていた。そこは、儀式の準備に使われたと思しき、無数の骨の欠片が散乱する陰惨な空間だった。

第二節:鎌を持つ守り手

大河はゆっくりと小部屋に入ってきた。彼の顔には感情がなく、ただ使命感に燃える冷徹な目だけがレンたちを見据えていた。制服の左肩の銀色の腕章が、レンの懐中電灯の光を反射した。

「天宮の均衡きんこうを乱す者よ。お前たちは、見るべきではないものを見た」大河の声は低く、空洞に響いた。「校長先生の慈悲は、地上にある。地下には、おきてしかない」

「掟だと?生徒を犠牲にするのが掟か!」レンは叫んだ。

大河はレンの言葉に動じない。「我々は霧にかてを捧げている。この山に宿る大いなる力、シオン(SION)を維持するために、十三番目のにえは常に必要だ。吉田ユウキは、自らの役割を果たした。それが彼の選ばれた運命だ」

大河は鎌を振り上げた。錆びた刃先が、暗闇の中で弧を描く。

「君たちも静かに眠るべきだ」

レンはカイを背後に押しやった。彼の論理的思考はここで停止した。物理的な力に対抗する武器は、レンには何もない。ただ、胸に触れる銀のペンダントの熱だけだ。

鎌が唸りを上げて、レンの頭上を通過した。レンは間一髪で屈んだが、風圧で髪が逆立つ。

「レン!」カイが恐怖で叫んだ。

その叫びが引き金となった。レンの胸のペンダントが、激しく脈打った。レンの目の前の空間が、まるで冷たい液体に歪むように揺らぎ始めた。

レンは無意識のうちに、自分の周囲に渦巻く、この地下に閉じ込められた数百年の恐怖と怒りの残滓を、全て集束させた。

「邪魔をするな!」レンは叫び、手を大河に向けた。

――絶対零度の幻影

その瞬間、大河の目の前に、無数の白い影が突如として出現した。それは、吉田ユウキだけでなく、過去に犠牲となった十三番目の生徒たちの、憎悪に満ちた集合体だった。体感温度が一気に急降下し、空間の空気が凍りついた。

大河は一瞬、その幻影に目を奪われた。彼は守り手として訓練されているはずだが、これほど強烈な霊的エネルギーの直撃は予期していなかったのだ。彼の動きが止まる。その間、わずか一秒。

「カイ!今だ!」

レンは呻きながら、視界が白く灼けるのを感じつつ、大河の足元の石畳にある小さな亀裂を指さした。その亀裂は、かつてレンが迷宮を歩いた時に偶然見つけた、換気口か、あるいは排水溝の跡だった。

「これより先は、大河にも把握されていない経路だ!行ける!」

カイは恐怖で体が硬直していたが、レンの鬼気迫る形相と、目の前で繰り広げられた超常現象を見て、ついに動き出した。彼は小型のジャマーを大河の足元に投げつけ、轟音と火花を発生させた。その爆音に、大河が顔を覆う。

レンとカイは、その一瞬の隙をついて、亀裂の奥にある狭い通路へと身を滑り込ませた。

第三節:覚醒とシオンの真実

狭い通路は這って進むのがやっとだった。二人は泥と埃まみれになりながら、数十メートルを這い進んだ。やがて通路が終わり、彼らは西棟のボイラー室の裏にある、古びた貯蔵庫へと這い上がることができた。

ボイラー室の蒸気の熱が、地下の冷たさとは対照的だった。二人は貯蔵庫の冷たい床に倒れ込み、激しく息を吐いた。

「今...今、何が起こった?」カイが眼鏡を外し、震える手で顔を拭った。「あいつ、一瞬フリーズした。あれは、君の...力なのか?」

レンは胸のペンダントを強く握りしめた。ペンダントはまだ熱い。手のひらに、汗と、かすかな血の匂いが残っている。彼は自分の手が、意図せずして、地下に閉じ込められた魂たちの怒りを引き出したのだと理解した。

「わからない。でも、僕の視る力は、残留思念を操作できるのかもしれない」レンは冷静になろうと努めた。

「とにかく、逃げたのはいい。でも、大河は知ってしまった。僕たちが地下に潜ったことを。校長もすぐ知るだろう」

レンはポケットから、儀式の部屋で引きちぎった古文書の羊皮紙を取り出した。そこに描かれた紋章と、古代語。激しい戦闘と恐怖の後、レンの頭脳は奇妙なほど冴えていた。

彼は、その古代語の一部を、まるで日本語を読むかのように理解し始めた。

「シオン(SION)...これは、ユウキが机に残したメッセージだと思っていたが、違う」レンは囁いた。「これは...この地下迷宮全体の名称だ。そして、儀式を動かす機構の名前だ」

羊皮紙に書かれた文字の一部が、レンの脳内で意味を成した。

『第十三の贄は種子に縛られる。糸を断つには、人形使い(パペットマスター)を顕現けんげんせよ』

種子たね?人形使い?」

「レン、それは何を意味するんだ?」カイが身を乗り出した。

「吉田ユウキは、犠牲になったんじゃない。彼は、この学園の闇を維持するための種子として、この地下に縛り付けられているんだ」レンは青白い顔で言った。「そして、この儀式を操っているのは、麗春校長だ。彼女が...人形使いだ」

その時、貯蔵庫のドアが、金属的な不快な音を立てて開いた。

ドアの向こうに立っていたのは、あの時教室の隅でレンを見ていた、もう一人の生徒だった。体格の良いいかつい顔の少年、リュウ。彼はレンたちを見て、口角を上げた。

「へえ、噂の転入生が、こんな時間にボイラー室でデートか」リュウは嘲笑したが、彼の目は警戒に満ちていた。「まさか、地下一階に彼を見に行ったわけじゃないよな?」

リュウの出現は偶然ではない。レンはそう直感した。この学園には、守り手以外にも、校長に忠実な、あるいは、この闇の秘密に深く関わる生徒がいる。

レンは古文書の破片をポケットの奥深くにしまい込んだ。リュウの質問は、単なる脅しでは終わらないだろう。

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