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凍える尋問と十三番目の席

第一節:真実の消失

レンが守衛しゅえいに連絡するようカイに指示してから、実際に警備員が到着するまで、ほんの三分と経っていなかった。しかし、その短い時間が、レンが見た真実を霧の中へと消し去るには十分すぎた。

「何もありませんよ、神崎君。貴方たちが見間違えたのでしょう」

中庭に立っていたのは、例の痩せた守衛だった。彼の懐中電灯の細い光が石畳の上を這い回り、昨夜の案山子かかしがあった場所を照らす。そこには、切れた藁も、血のような赤い塗料も、ましてや制服を着たマネキンの残骸もなかった。あるのは、ただの湿った石畳と、夜露に濡れた苔の匂いだけだ。

「しかし、確かに...!」レンが主張しようとすると、カイが彼の腕を掴み、強く引き留めた。

「そ、そうです。僕たち、疲れていたんです!松の木が、制服の影に見えたのかも...」カイは震える声で早口にまくし立てた。レンに向けられたカイの眼鏡越しの視線は、懇願と恐怖に満ちていた。レンは理解した。カイは、あの麗春校長と学校の権威を前に、真実を語ることを恐れている。あるいは、真実を語った者に何が起こるかを知っているのかもしれない。

結局、二人はすぐに中庭から連れ出され、校長室へと続く豪華ながらも冷え切った廊下に立たされた。

第二節:校長室の圧力

夜十時を回り、天宮学園の門限を遥かに過ぎた時刻。レンとカイは、望月館最上階にある校長室の重厚なマホガニーの扉の前に連れて行かれた。

室内の暖炉には火が入っていたが、その熱は麗春校長の冷たい眼光の前では無力だった。校長の背後には、教頭である黒沢という男が立っている。彼は常に顔色が悪く、革手袋をはめた細い手を組み、無言の圧力をかけていた。

「もう一度、詳しく聞きなさい」麗春校長の声は、氷が砕けるように鋭く、冷たい。「吉田ユウキ君は、先週、家庭の事情により退学届けが受理され、実家に帰省したことになっているわ。君たちが、その吉田君の制服を着た『人形』を見たという証言は、極めて重大な風紀の乱れであり、学園の名誉を傷つける行為よ」

「私たちは、ただ真実を述べただけです」レンは背筋を伸ばした。レンの履歴書には「虚言癖の疑い」という最悪の言葉が書き込まれている。この学校はそれを武器に使うだろう。

「真実?」校長は嘲笑した。「あなたは過去三校で、常に『真実』と称する幻覚によって周囲を混乱させてきた。神崎君、天宮学園はあなたの病的な想像力を受け入れるほど寛容ではないわ。特に、あなたが入学したばかりの晩に、ルームメイトにまで影響を及ぼしているのは見過ごせない」

カイが小さく呻いた。レンがちらりと見ると、カイは恐怖に打ちひしがれ、深く頭を下げていた。

「レン...いや、神崎!もう十分だ。僕たちは何も見ていません!」カイが絞り出すように叫んだ。それは裏切りではなく、生き残るための必死の自己防衛だった。

麗春校長はレンを値踏みするように見つめ、大きく息を吸った。

「よろしい。今回は初犯として厳重注意に留める。ただし、次に学園の秩序を乱すような発言、あるいは行動があった場合、即刻、退学処分とするわ。この学園には、エッセンスを磨く場所であり続ける責務がある。病人には用のない場所だということを、肝に銘じなさい」

二人は校長室から追い出された。レンは、黒沢教頭がドアを閉める直前に見せた、薄い口元に浮かんだ微かな嘲笑を決して忘れなかった。

第三節:十三番目の机と謎のメモ

翌朝、レンはカイの謝罪を軽く受け流した。

「謝るな、カイ。あの状況で正直に言えば、僕たちは精神科棟に入れられていたかもしれない」レンは、寮のベッドの上で昨日手に入れたメモを取り出した。

『人形を信じるな。奴らは嘘をつく。心臓を墓地の下で探せ』

「このメモだよ。吉田ユウキの失踪と、昨日の中庭の案山子、そして君が言っていた『第十三の席』。全て繋がっている」

カイは怯えながらも、レンが持ち出したこの血のような色の文字が書かれた紙片を凝視した。「墓地の下...天宮にそんな場所はないはずだ。ここは寄宿学校だぞ?ただ、西棟の古図書館の地下に、昔はワインセラーだったという噂の、立ち入り禁止区域があるけど...」

レンは立ち上がった。「いい推測だ。だが、まずは『第十三の席』を見に行こう」

10年A組の教室は、他のどこの教室とも変わらない、ありふれた学校の風景だった。しかし、違和感は隅々に潜んでいた。

教室に入ると、レンはすぐにそれを発見した。窓際の一番奥。生徒たちが座っている12席とは別に、一組の机と椅子が、壁に向かってわずかに斜めに置かれていた。他の机よりも若干色がくすんで見え、机の表面には拭き取れない微細な埃が積もっているように見えた。

「あれが...第十三の席か」レンが呟くと、カイは青ざめた顔で頷いた。「あそこがユウキの席だった。でも、誰も話題にしないし、先生たちも決して僕たちに目を合わせないようにしてる」

ホームルームが始まった。担任は、昨夜の尋問にも立ち会っていた黒沢教頭だった。黒沢は冷たい視線で生徒たちを見回し、名簿を取り出した。

「出席をとる」

黒沢は淡々と、生徒の名前を読み上げていく。レン(神崎)やカイの名前が呼ばれる。そして、点呼は終わりに近づいた。

「...佐藤、渡辺、そして...吉田ユウキ」

教室内を、一瞬にして刺すような静寂が支配した。黒沢は、誰も座っていない空の机、第十三の席に向かって、ごく自然に目をやった。

「よし、全員出席だな」

全員出席?レンは背筋が凍りつくのを感じた。ユウキは退学したはずだ。だが、教師は今、その空席を「出席」と認めた。

第四節:残された痕跡

午前中の授業は拷問のようだった。教室にいるのは12人の生徒と、一人の教師、そして座席に座っている誰かではない第十三の存在。誰もがその空席を無視し、まるでそれが透明なガラスでできているかのように振る舞った。

昼休み。レンはカイの制止を振り切り、第十三の席へと向かった。

レンが机の引き出しを開けた。中には何も入っていない。埃が溜まっているだけだ。だが、レンは机の裏側に手を回した。何かを求めて指先で探る。

そして見つけた。机の木材に、ナイフか何か鋭利なもので深く刻み込まれた、小さなメッセージ。

『シオン』

アルファベット四文字。「シオン」とは何だ?人名か?地名か?それとも...

レンがその文字を指でなぞった瞬間、彼の異能が反応した。指先から冷たい電流が脳天を貫き、視界が一瞬歪む。

(ああ、これは...!)

脳裏に、憔悴しきった表情でナイフを握りしめ、この机に文字を刻む吉田ユウキの姿がフラッシュバックした。ユウキは怯えていた。そして、彼は何かに警告していた。

レンは引き出しを閉め、教室を見渡した。教室の隅にある掃除用具入れの近く。そこには、背の高い生徒が一人、レンをじっと見つめていた。その生徒は、体育会系らしいがっしりした体格で、顔には無愛想な傷跡があった。昨日、麗春校長が言及した「落ちこぼれ」の一人かもしれない。レンは目を合わせるが、相手はすぐに視線を逸らし、壁に向き直った。

「よし、場所は決まった」レンはカイの元へ戻り、小声で囁いた。「今夜、君が言った西棟の立ち入り禁止区域を探る。メモの『墓地』と古図書館の地下。そこから始める」

カイは観念したように息を呑んだ。「わかった。もう後戻りできないな」

レンは頷いた。彼はもう、ただの転入生ではない。彼は今や、学園という名の迷宮に足を踏み入れた探偵であり、犠牲者なのだ。

その時、レンの耳に、微かで規則的な音が届いた。

トントン...トントン...

それは木片が床を軽く叩くような音。レンはゆっくりと振り返り、第十三の席を見た。

椅子は静止している。机も動いていない。しかし、レンは確かに見た。空席の机の木製の脚が、まるで誰かが下で足先でリズムを刻んでいるかのように、微かに、リズミカルに、揺れているのを。

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