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かくして魔王は世界を救った  作者: 水垣するめ


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6話 面会:戦士アンセル

「俺に質問があるんだったな」


 僕の目の前に座っているのは長身の男。

 勇者パーティーのひとり、戦士アンセルだ。

 勇者シオン、聖女セイラに続いてパーティーに加入したタンク役だ。

 異名は『超人』。

 無尽蔵に思える体力と防御力、そしてどんな戦闘でも倒れないことからついたあだ名だ。

 噂によれば、『魔族や魔王との戦闘で一度も膝をついたことがない』なんてものまである。


(なんだか、まさしくタンクって感じの人だな)


 僕が抱いた第一印象はそれだった。

 寡黙で筋肉質。

 余計なことは話さず、ただ静かに座っているだけ。

 しかし服の上からでもわかる鎧のような筋肉に、思わず身を引いてしまうような威圧感がある。

 王都の治安組織であり、厳しい選抜試験を合格した人間が集まる騎士団より迫力があった。

 魔王討伐の旅に出た当時の年齢は十五歳だったはずだけど、当時からこれくらい体格に恵まれていたんだろうか。

 そんなことを考えながら僕は取材を始めた。


「本日はお時間を頂いてありがとうございます」


「別に構わない。勇者パーティーとしての仕事だからな」


 両腕を組んでにこりともせず答える戦士アンセル。

 一見、機嫌が悪いように見えるけれど、怒ってはないと思う……多分。

 そういう性格だと聞いているので、僕は特に気にせず話しかけた。


「魔王討伐の旅についていくつか質問があるんです」


「どんな質問だ」


「えっと、戦士アンセル様は勇者パーティーに入る前から、そのような恵まれた体格だったのでしょうか」


 本題に入るための軽いジャブだ。

 すると意外にも戦士アンセルは首を横に振った。


「いいや、俺の身体がこうなったのは魔王討伐の旅が終わってからだ。それまでは勇者シオンと対して変わらない、十五歳相応の体格だった」


「え、そうなんですか?」


「ああ、子供の頃は飯がしっかり食える環境じゃなかったからな。栄養が足りなくて身体も平均くらいしかなかった」


「それは……それなのに魔王討伐の旅を?」


「ああ。あの人に見出されたときからな」


「あの人、というのは?」


「選定者リヒトのことだ」


「詳しくお聞きしても構いませんか?」


「ああ、構わない」


「俺が戦士の役職として選定される前……俺はただの街の浮浪児だった」


「えっ、そうなんですか……?」


 食事がしっかりと取れる環境じゃない、という言葉からなんとなく想像はしていたが改めて聞いても驚きだ。


「別に驚くようなことじゃない。そういう境遇のやつはたくさんいるし、勇者パーティーの中でも聖女セイラも俺と同じ浮浪児だ」


「そうだったんですね……孤児院に寄付をしているのはそれが理由ですか?」


「ああ、そうだ。孤児院に金があれば、俺のような孤児院に入ることすらできなかった浮浪児が減る。金など持っていても仕方がないからな」


「戦士の役職を授かった当時のことを聞いても構いませんか?」


「当時か……」


 僕がそう訊ねると戦士アンセルは顎に手を当てて黙った。

 ドキリ、と心臓が跳ねる。

 まずい、もしかして地雷を踏んだか……!?

 冷や汗を流したけど、結論から言えば問題はなかった。


「あ、すみません。答えたくない質問は流していただいて結構なので……」


「いや、問題ない。話そう」


 戦士アンセルは首を横に振って、当時のことについて話し始めた。


「当時の俺はとにかく臆病だった。街のチンピラに絡まれたら腰を抜かして、半べそで逃げ出すような奴だった」


「えっ!?」


 思わず大きな声が出てしまった。

 戦士アンセルが臆病?

 今の彼からはそんなのは全く想像できない。


「街の浮浪児として生き残るには、とにかく危険からは逃げることが重要だったんだ。危険なことには首を突っ込まずに逃げる。臆病であることが浮浪児として生き残るための生存戦略だった」


「では、どうやって今のような性格に?」


「知ったんだ」


「知った?」


「逃げてはいけない状況。俺が逃げたら後ろの仲間が死ぬような状況。逃げようとすれば死ぬ状況。そういうのを知って、『逃げることが生存に直結せず、腹をくくるしかない状況』もあるってことを理解したんだ」


「逃げてはいけない状況……」


 戦士アンセルが昔話を始めた。


「ある日、魔族が街に攻めてきた。魔族は街の人々を殺していった。街に常駐している駐屯兵では太刀打ちすらできなかった。俺達も逃げようとしたが、その時目の前に魔族がやってきた。足が震えた。恐怖に飲まれて立つことすら難しいほどに。だが、俺の後ろには行動をともにしている浮浪児たちがいた。全員、俺より小さな子供だった。それを理解したら──不思議と足の震えは止まっていた」


 戦士アンセル淡々と話す。

 そのどこを見つめているでもない瞳は、当時の光景を思い浮かべているようだった。


「近くに落ちていた、倒された駐屯兵の盾と剣を拾って魔族と戦った。どうやって戦ったかは憶えてない。死に物狂いだったからな。強いて言えば相手の攻撃を盾で受け流すことだけに集中していたのは憶えている。当然、ただの人間が魔族に敵うはずがなかったが、倒れる選択肢はなかった」


「どうしてですか?」


「俺が倒れると後ろの奴等が死ぬからだ」


 僕の質問に戦士アンセルが端的に答えた。


「俺が倒れれば死ぬ。しかし長くは保たない。その時、街に滞在していた勇者パーティーの勇者と聖女と選定者の三人が駆けつけた。俺はそこで戦士の役職を選定者リヒトからもらった。俺はそのまま戦士として魔族と戦い、倒し、魔王討伐の旅に出た」


「……どうして戦士様が教導した騎士が強いのかわかった気がします」


「俺が騎士を鍛えるときは同じことを話すようにしている。俺の話を理解したような顔で聞いている奴は、たいてい良い戦士になる」


「選定者リヒト様はどのような方だったのでしょうか?」


「そうだな……」


 戦士アンセルは顎に手を当てる。


「俺から見た選定者リヒトは明るい人だった」


「明るい人?」


「ああ、どんな状況でも明るい人だった。過度に絶望的にならずに済んだのはあの人のおかげだ。欠点もあったが、勇者パーティー全員があの明るさに救われていた」


「つまり選定者リヒトは勇者パーティーの精神的な支柱だった、と?」


「ああ、その通りだ」


 頷く戦士アンセルの表情は穏やかだった。

 口の端も少し上がっている。


「ですが選定者リヒトは……その、旅の終盤で勇者パーティーの皆様に対して、装備に細工をしていたわけですよね?」


「そうだな」


 戦士アンセルの表情が少し険しくなった。

 機嫌を損ねはしたけど、致命的ではない。

 どちらにせよしなければならない質問だ。


「その時の勇者パーティーの様子はどうだったのでしょうか? あ、もちろん気に入らない質問であれば流していただいて構わないのですが……」


「いいや、答えよう。記録に俺の印象だけを残すのはよくない」


 戦士アンセルは首を横に振った。

 僕は安堵すると同時に、罪悪感が胸を刺した。

 戦士アンセルは記録をつけるうえで、公平であろうとしている。

 けれど僕は記録の裏に隠された真実を読み取ろうとしていて、フェアじゃない。


「当時のパーティーの状況は、一言で言えばかなり悪かった。旅の途中、徐々に選定者リヒトの言動が悪化していたのもあって、パーティーの空気がギスギスしていたところだったからな」


「選定者リヒトの言動が悪い、というのは?」


「ギャンブルや女遊びが酷くなったんだ。勇者の威光を笠にきて、街の住民に横柄な態度を取り、トラブルを起こすこともあった。パーティーの資金自体にも手を付けている疑いがあった。そういう状況もあって、パーティーの雰囲気が悪かった」


「そこに、最後の後押しがあった、と……」


 僕の相槌に戦士アンセルが頷いた。

 最後の一押し。つまりはパーティー資金の着服が明らかになったのと、それがバレて自暴自棄になった選定者リヒトが、パーティー全員の装備に細工を施し、勇者パーティーの四人を亡き者にしようとした事件だ。


「これ以上は魔王討伐の旅に大幅な支障が出る、そう判断して勇者シオンが選定者リヒトを追放した。その頃には魔術師ダフネも入って、パーティー自体が完成していたからな」


「なるほど」


「だが、考えてみれば全部あの人に考えが……」


「え?」


「……いや、なんでもない。今のは忘れてくれ」


 僕の声で割れに返った戦士アンセルが、「しまった」という顔になり、そう言った。


(……どういう意味だ? あの人は選定者リヒトのこと? そうなると一体……)


「他に質問は?」


 思考に没頭しそうになったところで、戦士アンセルの言葉が我に返らせてくれた。

 僕は次の質問を投げかける。


「選定者リヒトを追放した後は雰囲気は戻りましたか?」


「いいや。表向きは戻ったが、全員思うところがあるような顔をしていたよ。もちろん、俺もな」


「精神的な支柱をなくした、ということですね」


「ああ。追放される直前の言動は人として最悪だった。だが、それまでの過去も消えたわけじゃないからな。最後に魔王城であんな形で出会うとは……」


 僕はその言葉に疑問を抱いた。


「え? 魔王戦の直前に選定者リヒトはパーティーに再加入したんでしたよね?」


「……ああ、そうだったな。悪い、言葉の綾だ。最後の村は魔王城が視認できる位置にあったからな」


 戦士アンセルは少し早くなった口調でそう言った。

 今の彼は僕からななめ下に視線を逸らし、声色にも若干の焦りが含まれている気がする。

 まるで何かを隠しているみたいな言い方だ。


(? どういうことだ。勇者パーティーは魔王城直前で選定者リヒトと和解したんじゃなかったのか?)


 記録とは違う言い方に、僕は大きな疑問を抱いた。

 勇者パーティーと選定者リヒトが魔王城の中で会ったとするなら、選定者リヒトは単独で魔王城に入っていたことになる。

 戦士アンセルの言葉の裏を読み取るなら、『あんな形で出会った』というのは、『死んだ状態で会うことになった』という意味だろうか?

 罪悪感で自責の念に駆られた選定者リヒトが単独で魔王に挑み、敗れて死んだ。

 そして勇者パーティーはその姿を見て同情し、和解して戦ったことにした。

 勇者パーティーが選定者リヒトのことを擁護するのはそれが理由?

 それが一番仮説として正しい気がするけど、それでも違和感がある。

 いや、もちろん、本当に言葉の綾の可能性だってある。

 先入観でそういう味方をしてしまっているだけかもしれない。

 もっと情報が欲しい。

 僕は少しフックを入れることにした。


「選定者リヒトは魔王戦で戦死したとされていますが、どのように戦っていたのでしょうか?」


 今回の本命である『魔王の死に方』についての遠回しな言い方だ。

 戦い方について訊ねることで、魔王がどのように死んだのかを遠回しに知ることができる。


「選定者リヒトは……とにかく手数で攻撃をしていた。余っていた役職ロールの力を駆使してな」


「ええと、確か選定者が引き出せる役職ロールの能力は三割程度の力しかないんでしたっけ?」


「ああ、そうだ。よく知っているな」


「勇者シオン様から聞きました。選定者リヒトの人となりを質問すると教えてくれたんです」



「そうか、シオンが……」


「どうかしましたか?」


「……いや、なんでもない」


「それでは、選定者リヒトは魔王戦ではあまり活躍できなかったのでしょうか?」


「そうだな。……火力が足りなかったから、後方で魔術や聖術を使っていた。火力的な話ではあまり貢献できていなかったと言えるだろう」


「なるほど」


「ただ」


 戦士アンセルが漬け立つ。


「──俺なんかより、遥かに勇敢で、すごい人だった」


 ──来た。

 勇者パーティーに選定者リヒトについて訊ねたときに出てくる言葉だ。

 今回も来るんじゃないかと思っていたが、本当に出てきた。


「勇敢で凄い人、というのはどういうことでしょう?」


「言葉通りの意味だ。彼は俺なんかでは比べ物にならないほど勇敢で、できた人間だった」


「……」


 おかしい。

 いくら戦士の役職ロールとして見出されたとはいえ、あそこまでのことをした選定者リヒトを持ち上げる理由がわからない。

 僕は更に質問を続けることにした。


「魔王の戦いは魔族との戦いに比べて、比較的余裕があったのでしょうか」


「余裕? いや、《《そんなものはない》》。《《魔王との戦いはそれまでの戦いの中で一番厳しいものだった》》」


「えっと……それはこれまでの魔族との戦いと比較して、ですか?」


「そうだ。どの戦闘と比べても最も困難だった」


「これは失礼いたしました」


 ──明確に違う証言が出た。

 これまでは勇者パーティーの中で出た証言が全く違うことはなかった。

 けど、戦士アンセルの口から出た表現は、聖女セイラの『大したことはなかった』という表現に明らかに矛盾している。

 なぜ?

 戦士アンセルに訊きたい。けどできない。

 それをすると質問が打ち切られることは明確だからだ。


「魔王を倒した直後の雰囲気はどのようなものだったのでしょうか? やはり皆さん喜んだのでしょうか。魔王は人類の敵ですし」


「……」


 僕がそう質問すると、戦士アンセルの表情に変化があった。

 明確に眉を顰めたのだ。


(そんなに気に障るような質問だったか?)


 僕の懸念をよそに、戦士アンセルは意外にも質問に答えてくれた。


「どう言えばいいのかわからないが……喜びはなかった」


「喜びがなかった、のですか?」


「長い旅だったからな。『これで終わった』という感覚のほうが大きかったな」


 その声には少し苛立ちが含まれているようにも感じた。

 まずい、明確に戦士アンセルが不機嫌になり始めている。

 質問できてもあとひとつだろう。


「あの、選定者リヒトを殺したのは魔王なんですよね?」


「……ああ、そうだ」


 僕の質問に、戦士アンセルは少し考えるように沈黙する時間があったものの、しっかりと頷いた。

 これに関して嘘はない……と思う。


(これで選定者リヒトが魔王によって殺されたのはほぼ確定。本当はもう少し突っ込んで聞いてみたいけど、今回はこの情報を確定できたことで満足しておくか……)


 僕は質問を打ち切った。


「質問はこれで以上です。ありがとうございました」


「ああ」


 そうして、僕は初めて勇者パーティーに対して最後まで質問することができたのだった。




【記録官レイル調査記録】


〈面談者/日時/場所〉

 ・戦士アンセル/勇者歴12◯◯年◯月◯日/騎士団の兵舎。

〈問い〉

 ・選定者アンセルのパーティー追放直前の様子について。

 ・選定者リヒトを殺したのは魔王?

 ・選定者リヒトの魔王戦での戦い方。

〈新たな情報〉

 ・戦士アンセルより『最後に魔王城であんな形で会うとは』という発言。

 ・戦士アンセルと聖女セイラの間で明確に魔王戦の難易度について矛盾が生じた。

 ・戦士アンセルの口からも選定者リヒトが『すごい人』という言及。

 ・選定者リヒトは魔王戦において、勇者パーティーの背後から援護をしていた。

 ・魔王戦において選定者リヒトが殺されたことが確定(魔王によって殺されたことがほぼ確定)

〈メモ〉

 今回は戦士アンセルに取材を行った。

 勇者シオンと聖女セイラに行った質問に加え、戦士アンセルからは選定者リヒトが勇者パーティーを追放する前後の詳しい話が聞けた。

 話を聞けば聞くほどなぜ和解ができたのか理解できず、謎が深まるばかりである。

 今回、明確に証言に違いが出た箇所がある。

 ・聖女セイラは魔王戦を『大したことはなかった』と表現。

 ・戦士アンセルは魔王戦を『最も厳しい戦いだった』と表現。

 両者の証言が食い違っているのみなので、どちらが正しいかどうかはわからない。魔術師ダフネの証言を聞いて判断する必要がある。

 また、戦士アンセルが『最後に魔王城であんな形で出会うとは』という証言を行った。

 これは『魔王城の直前の村にて再会、和解したという記録と食い違う。

 戦士アンセルに問い直したところ、言葉の綾だという説明をされたが、引っかかる部分がある。

 そして、最後に行った問いで『魔王戦において選定者リヒトは魔王に殺された』という戦士アンセルの証言が出た。

 このことから二つの証言を合わせて考えると、選定者リヒトは魔王によって殺され、勇者パーティーは死んだ選定者リヒトと再開した、という仮説が成り立つ。

 また、証言の食い違いについて、なぜ聖女セイラと戦士アンセルの間でこのようなかけ離れた乖離があるのか、それを調べていきたい。

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