5話 情報の整理
「それで、聖女様の取材した成果はどうだったの?」
「え?」
勇者省の仕事の休憩時間、昼休み。
食堂で昼食を食べているとカーラが対面に座って、そう訊ねてきた。
「知りたいの?」
「いや当たり前でしょ。あそこまで聞いたら気になるって。ていうかここまで付き合ってあげたのに、なんにも言わないつもり?」
「う……ごめん」
少しトゲのある声で言われて、僕は素直に謝る。
確かに仕事を肩代わりしてもらったり、話を聞いてもらったのに話さないというのもなんだろう。
「はぁ……それにしても聖女様と一対一でお話できるなんて羨ましいわ」
頬に手を当てて、悩ましげにため息をつくカーラ。
「……ごめん、なんで?」
「だって聖女様は私達女の子の憧れだもん」
「女の子の憧れ?」
「美しい金色の髪。凛々しい青の瞳。まさしく女神様みたいな美人で、そのうえ聖女様らしく理知的で優しくて清楚……。そりゃ私はちょっと系統が違うけど、まさしく『理想の女性』って感じの聖女様に憧れない女の子っていなくない?」
「夢見てるところ悪いんだけど、聖女様はそんな人じゃないと思うよ」
僕が取材で見た聖女様とは全く違うイメージだ。
まあ、確かに式典やパレードで見る聖女セイラのイメージと言えば、今カーラが言った通りだ。
聖女セイラは人前に出ることはあれど、人と話すことはあまりなさそうだから、そういうイメージを守るのはできなくないのかもしれない。
僕も聖女と話すまで、実際聖女セイラに対してそういうイメージを抱いていた。
あとカーラは『ちょっと』どころじゃないと思う。
「馬鹿なこと言わないで聖女様に失礼でしょ。あとレイル、今失礼なこと考えた?」
「いえ滅相もない」
笑ってない笑顔で小首を傾げるカーラから目をそらす僕。
「で、聖女様からどんな話を聞いてきたの?」
「そうだね。まずは魔族との戦闘について訊いてきたよ。興味深い話はたくさんあったけど、これは真相に直接関係はしてこなそうだったかな」
「魔族との戦闘? 聞きたいことは選定者リヒトと魔王についてじゃなかった?」
「真っ先にそれを質問したら答えてくれないかもだろ? 勇者様のときみたいにさ。だからまずは会話を広げるためにちょっと遠回しに質問してみたんだ」
「へえ、それはそれでちょっと興味あるかも。勇者パーティーの戦闘って、実は詳細な情報がなかったし」
「あとで清書したのを渡すよ。普通に記録に残せそうだったし。それで、話の流れで『どうして命を脅かす妨害をした選定者リヒトと和解できたのか』って質問をしたんだけどさ、結構面白い答えが返ってきたんだよ」
「へえ?」
「『恩があるから許した』って」
「…………許せるかなぁ?」
僕から聖女の答えを聞いたカーラは少しの沈黙の後、唸りながら首を傾げた。
「そう。僕もそう思った。理屈的には納得できるけど、感情面から見て納得できるのかってね」
「それは質問したの?」
「いや、それ以上は訊けなかった。聖女から圧力を感じてね」
「なるほどねぇ。でも、選定者リヒトに関してもまだ秘密がありそうだね」
「うん、これからそれについて考えようと思ってる。実はもう少しだけ選定者リヒトについて情報が入ったんだ」
「それで、次はどんな質問をしたの?」
「勇者パーティーの戦い方を聞いてから、選定者リヒトについて訊ねたかな」
「どう言ってた?」
「選定者リヒトは『バカ』って言ってたよ」
「え、バカ?」
「そう、バカ。ギャンブル好きのお調子者。ずっと騒いでてうるさかった。借りた金は返さない。パーティーの資金は横領する。平気で嘘をつく。トラブルばっかり起こす。行く街で酒場の看板娘に色目使ってデレデレしてる、とか……散々な言われようだったね」
「そ、そうなんだ……」
「でも最後に、『自分では比較にならないくらいすごい人物だった』って言ったんだ」
「勇者様のときと同じ言い方だね」
「そう。同じ言い方だ。それで少し気になって調べてみたんだけど……魔王討伐の旅から戻った後の取材だと、勇者パーティーは選定者リヒトについて必ず擁護しているんだ。それも不自然なくらいにね」
「確かに……選定者リヒトの悪評ってあんまり聞かないよね。歴史を調べたら
結構あくどいことばっかりやってるから人気ないけど」
「ここで疑問になるのは、『どうして勇者パーティーはそこまで選定者リヒトのことをかばうのか』ってところだね。旅の後も一貫して十年以上擁護しているなんて、どう考えても『選定してくれた』ことへの恩返し以上の理由がある気がするんだ」
「確かに、私もそう思う」
「あと、選定者リヒトに対する評価について、勇者パーティーで同じ言葉を使うように示し合わせてる可能性が高いね」
「流石にたまたま言葉が被った、っていうよりかは信憑性があるよね」
「問題なのは、勇者が言った魔王のことについて、関連があるのかどうかだね」
「あー……確かに。別に魔王の件とは全く関係ない可能性がある……っていうか、そっちのほうが高いのか」
「うん、そうだね」
そもそも話、選定者リヒトの隠されている秘密が、魔王に関係ない場合もある。
「魔王との戦いで選定者リヒトは命を落としてるから、関係なくはないと思いたいけどね……」
「選定者リヒトと魔王が直接結びつくような情報でもあれば話が変わってくるんでしょうけどね」
「あとでもっと情報を集めてみるつもりだよ」
「へえ。じゃあ魔王についての話は? 詳しく訊けたの?」
「それが……魔王について質問してたら、途中で取材を打ち切られちゃったんだ」
「なにそれ、どういうこと?」
落ち込む僕に、カーラが首を傾げてくる。
「魔王についての戦い方を質問した後、『魔王はどうやって死んだのか』って質問したんだよ。そしたら突然聖女様の様子がおかしくなってさ、有無を言わさずに『もう取材はやめる』って言われて、追い出されちゃったんだ」
「なにそれ。なんで魔王の死に方について質問したら怒ったってこと?」
「いや、怒ったって感じではなかったと思うけど……」
僕は顎に手を当てて、唸る。
「でも、面白い話は聞けたよ。魔王との戦いについて、聖女セイラは『大したことはなかった』って表現してた」
「えっ? 魔王との戦いを?」
意外そうに目を見開くカーラに僕は頷く。
「そう。やっぱり驚くよね? 魔王との戦いが大したことなかったって。僕も同じような反応をしたよ。でもその後『相対的に見ると大したことはなかった』っていうふうに言い直してたよ。魔族に挟み撃ちされた時もあったし、それに比べたら大したことはないように感じたってさ」
「まあ確かにそういうことならわからなくもない……かな?」
余談は置いておいて、僕は一つ前の話題に思考を戻す。
「うーん、今思い出しても魔王の戦い方については聞いても特に反応はなかったのに、死に方について質問したとたんああなった理由がわからないな」
「魔王の死に方が、『本当の意味で魔王が世界を救った』っていうことにつながるとか?」
「でも、結局は戦って倒されてるんだよね? 流石に『魔王の死=平和』っていう皮肉った言い方はしない気がするけどな」
「罪を認めて自分から投降したとか? 『大したことはなかった』て言うくらいだし」
「いや、それはないんじゃない? 戦いの中で選定者リヒトが魔王に殺されてるし、人が死ぬくらいの戦いではあったんだとは思うよ。そこまで激しい戦いをしたなら、自分から負けを認めるなんてありえないでしょ」
「それもそっか。じゃあなんで聖女様は魔王の死に方についての質問を打ち切ったんだろ。ていうか、選定者リヒトについては触れても大丈夫だったのに、魔王に触れたらダメって、なんかおかしくない?」
「あ、確かに」
(選定者リヒトの死に方について直接的な質問はしてないけど……やっぱり魔王のほうが反応が大きいっていうのはなんだか違和感があるな)
僕は心の中のメモに書き連ねておいた。
「とりあえず、選定者リヒトと魔王に関連ががることを示唆する情報が出てくるまではおあずけかな」
僕はそうまとめる。
そして言い残したことがないかな、と思い返していると……思い出した。
「あ、そうだ。あともう一つ、聖女様が変なところがあったんだよ」
「変なところ?」
「聖女様の反応が変だったところがあったんだよ」
「どういうところ?
「僕が勇者パーティーの戦い方をなぜ知りたいのかって聞かれて、『後世で役に立つかもしれない』って答えたときと、『倒した魔族はどうなるのか』って訊ねたときだね」
「ふぅん、それにどんな意味があるの?」
「それが考えてみてもわからなかったんだよ。だからカーラにも聞いてみようと思って。カーラはどう思う?」
「うーん…………私にも分からないかなぁ。強いて言うなら、前者はともかく後者は魔王と同じで『死に方』についての質問ってところかな」
「それは僕も思ってたんだ。もしかして、聖女様は『死』が苦手なのかな」
「え? でも魔族も魔王も人類の『敵』だよ? いちいち死んだとか気にするようなことかなぁ」
「気にする人は気にするんじゃない? 虫を潰せない人だっているわけだし」
「でも、魔族と魔王だよ? 人間の『死』とは全然別物じゃない? 種族も違うし」
「うーん……」
確かに聖女セイラが魔族や魔王の『死』についてどうこう思うような繊細な人間だとは思えない。
もちろん聖女セイラの人となりを詳しく知っているわけじゃないから、僕の勝手な想像にしかすぎないんだけど。
「けど、重要な手がかりは得られたんじゃない?」
「そうだね」
カーラの言葉に僕は頷く。
「勇者の『世界を救ったのは魔王だった』っていう言葉には、『死に方』が関係している可能性が高い」
「魔族と魔王。その両方で『死に方』について反応したんなら、かなり正確だろうね」
「うん。じゃあ次はどうして『死に方』で世界を救ったことになるのかを考えてみようか」
「えーっと、自分から投降したっていうのは無しになったよね。魔王とは戦いになったはずだから。それでも『大したことない』ってどういうことだろう?」
「ん……?」
そこで僕はちょっとした違和感を覚えた。
そしてすぐにそれはわかった。
「あ、そうか。なんでこんなことに気がつかなかったんだろう」
「どういうこと?」
「おかしいんだよ。魔王の戦いを『大したことなかった』って表現することが」
「なんで?」
「だって、それまでの魔族との戦いでは誰も命を落としてないんだよ? 選定者リヒトが命を落とした魔王との戦いを『大したことはなかった』っていうのはおかしくない?」
「あ」
「それまで誰も死んでない魔族との戦いが『厳しい戦い』で、選定者リヒトが死んだ魔王との戦いは『大したことはなかった』。これは明確な矛盾点だ」
「……言われるまで気づかなかった」
「僕もだよ。カーラが改めて言葉にしてくれたから僕も違和感に気づけたんだ」
「つまり、私、役に立ったってこと?」
「そういうこと」
「ふふん。もっと私を頼ってもいいんだよレイル君?」
僕がそう言うとカーラは自慢げに胸を張った。
こういうところは聖女セイラとカーラって似てるな、と思った。
「話を戻そう。聖女セイラの言葉の矛盾は何を意味しているんだろう?」
「聖女セイラが嘘をついてるって可能性は?」
「そんな嘘をつく必要はないんじゃないかな」
「じゃあ聖女様は選定者リヒトのことをやっぱり許してなかった、とか?」
聖女セイラは選定者リヒトを許していなかった。
だから選定者リヒトが死亡した魔王戦について特に人死が出たというよりはムカつく人間が死んでスッキリしたと意識があり、無意識のうちにそれが言葉に出た。
少々強引な論理だけど、ありえなくもない、
「それはあるかもしれないね。恨み節もいっぱい言ってたし……でも、それはちょっと違う気がするんだ」
「違う?」
「僕の印象だけど、聖女セイラは本当に選定者リヒトについては恨んでいないというか、そういう感じだったんだよね」
「なるほど、じゃあ違うか」
「えっ、こんな僕の印象の話を信じてくれるの?」
「? 当たりまでしょ? 私、レイルのこと信じてるし」
「……そっか、ありがとう」
素直にお礼を言っておいた。
「でもこれも違うってことは、どういうことなんだろう」
「とにかく魔王の『死に方』が『世界を救った』っていうことに少なくとも関係がありそうだね」
カーラが頷く。
「うん。でも死に方が関係してくるって、どういうことだろう…………やっぱり、魔王の方から降伏した、とか?」
「それだと選定者リヒトが魔王戦で死んだ理由がわからなくないかな?」
「最初から降伏するつもりだったとか」
「それなら選定者リヒトを殺しちゃったらなおさら降伏はしずらいと思う」
「そうだよね~……あー、やっぱり分からない」
「手詰まったな。次はそこについての質問をしてみよう」
「え、まだ行くつもりなの?」
「もちろん。全然真相はわかってないしね。まだ勇者パーティーはあと二人残っているわけだし」
「……レイルって、勇者パーティーに関連することだと行動力がおかしくなるよね」
「え、そう?」
「そうだよ。勇者省に就職するときだって村から飛び出して王都まで旅してきたんだもん。普通、いくら勇者が好きだからってそこまでしないって」
「そういうものなのかな……?」
僕は斜め上を向いて考える。
確かに勇者の記録を見ることは好きだ。
実際にあった冒険譚に心躍らない人間はいない。
でもそれは僕だけじゃなくて、この大陸にいる人間全員が同じくらい好きだろうと思っていた。
言われてみれば僕と同じように地方から王都までやってきて、勇者省の職員になっている人間はあまりみかけない。
まあ、カーラそう言うならそうなんだろう。
話にも一段落ついたことで、カーラが背もたれに体重を預け、ぐっと伸びをする。
「ふー、でもとりあえずこれからは『死に方』に関する質問については慎重になったほうがいいかもねー。『死に方』について訊ねた瞬間即取材終わり、ってことになりかねないから」
「うん、僕も言葉に気をつけながら質問してみるよ」
カーラの言葉に僕は頷いた。
「今回、明らかになった事実はこうだね」
僕は聖女セイラにインタビューしてわかったことを整理する。
・選定者リヒトについて、勇者パーティー(少なくとも勇者と聖女)の間には、僕たちが知らない情報があり、あらかじめ示し合わせた同じ言葉を使うようにしている。
・魔王の死に方に関しても同じように勇者パーティーで示し合わせている事がある。
・魔王の死に方について質問すると、取材そのものを打ち切られる可能性が高い。
「これらに気をつけながら、次の取材をしてみよう」
「次は誰に取材するの?」
「そうだね……戦士アンセルに聞いてみようかな」




