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かくして魔王は世界を救った  作者: 水垣するめ


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4話 面会:聖女セイラ

 二人目の質問者は勇者パーティーの一人、『聖女』セイラだ。


(とんでもない美人だな……)


 目の前に座る彼女を見て、僕はそう思った。

 艶がある金髪、突き抜けた晴天のような青い瞳、すっと通った鼻筋と桜色の唇。

 教会のシスター服に意匠を寄せた、純白の聖女服がどことなく柔らかく、そして清純な印象を与えている。

 ただし、目つきはすごく鋭い。

 まるで睨まれていると錯覚するような圧力のある目だ。

 それも相まって、彼女の全体的な印象は『高嶺の花』や『氷の美女』というふうにまとまっている。


「本日はお時間を頂いてありがとうございます」


「別に構わないわよ。ただ、教会の仕事がまだ残っているからできれば早めに終わらせてほしいけど」


「はい、頑張ります」


「それで、私に質問があるんだったかしら?」


「はい。魔王討伐の旅についてまだ判明していないところを質問したくて」


 ちゃんとこういう建前はしっかりと用意してきた。


「ふぅん。でもなんで今さら? 十年前のことなのに」


「十年目だからこそ、改めてしっかり記録を取っておこう、という方針で」


 聖女は僕のことをじっと見つめる。

 ゴクリ、と唾を飲み込む。

 そして視線をそらし、髪を指に巻き付けはじめた。


「そ。どんなことが聞きたいわけ?」


 僕はホッと安堵の息を吐いた。

 どうやら、勇者から僕について特に話は行っていないらしい。

 正直、これが一番の懸念点だった。僕が勇者の『魔王が世界を救った』という発言について調べている、とわかったら流石に協力してもらえなかったと思う。

 勇者が『魔王が世界を救った』と言ったとき、あの場には勇者パーティー全員がいた。

 つまり、勇者パーティー全員が魔王についての秘密を共有しているということだ。

 もう前のような失敗はできない。

 慎重に言葉を選びながら、僕は聖女に質問した。


「では、まずは選定者リヒト様に聖女の役職ロールへと選ばれたときのことを教えていたただけますか?」


「いいわよ。聖女に選ばれる前の私は、どこにでもいる孤児だったわ。そこそこ大きな街の、教会が作った孤児院で育った孤児」


「どのように勇者様たちと出会ったのでしょう? 当時は、選定者リヒト様と勇者シオン様のお二人でしたよね?」


「勇者として孤児院に回ってきたシオンとリヒトに、私の方から噛みついたのよ」


「か、噛みついた?」


「だって、勇者のくせに何も持ってこなかったんだもの」


「何持ってこなかったというのは……」


「食料とかそういうのよ」


「勇者がいて私たち孤児の環境が変わるわけ? 変わらないわよね。腹の足しにすらならないわ。勇者と魔王なんて私たち孤児には遠い話で、それなら食べ物を持ってきてもらったほうがマシだもの」


 確かに、孤児の立場からすればそうかもしれない。

 それを勇者に対して面と向かって言うのは凄いと思うけど。


「だから希望の象徴って顔して目の前の孤児は見て見ぬふりをするわけ? って言ってやったわ」


「それは……凄いですね」


「あ、一応言っておくけど、それからはちゃんとシオンは差し入れするようになったからね。ちゃんと注釈入れておいて」


 流石に悪いところばかり言うのはまずいと思ったのか、聖女セイラは注意を入れてくる。


「そからは色々とあって、リヒトに『聖女になったらこういう孤児を助けられる』って言われたからなってあげた、って感じね。これでいい?」


「はい。凄くいいです」


 紙に彼女の語ったことを書き留める。

 そして顔を上げると、次の質問に移った。


「二つ目は、魔族との戦闘についてです」


「魔族との戦闘?」


「戦闘についてはあまり詳細な記録がないので。勇者パーティーがどんなふうに戦ったのか、とかを知りたいんです」


「なんでそんなことを知りたいのよ」


「魔族との戦い方を残すことで、後世の勇者様たちも倒しやすくなるかもしれませんし」


 完璧な言い分だ。

 実際に魔族との戦闘について記録は少ないし、知りたいって人は多い。個人的な興味で僕も知りたい。

 魔族との戦闘の情報が少ないおかげで、子供の頃は勇者のごっこ遊びがほとんど妄想でやるしかなかった。

 けど、聖女の反応は思っていたものとは違った。


「……そうね」


(あれ、おかしなことを言ったかな?)


 そう答える聖女の仕草や口調に、僕は少しの違和感を覚えた。

 特に変な言葉選びはしていないはずだけど、何か気になるところでもあったのだろうか。

 しかし聖女が語りだすと僕が抱いた小さな違和感はすぐに吹っ飛んだ。


「どの魔族との戦闘を知りたいの?」


「そうですね。まずは一番最初の魔族との戦闘を知りたいな、と」


「言っておくけど、私が聖女になる前からシオンは戦ってたから、シオンの一番最初の魔族との戦いについては知らないわよ? 私が語れるのは私がはじめて戦った魔族との戦闘だけ」


「もちろん、それでお願いします」


「一番最初の戦いは、それはもうがむしゃらだったわ。聖女の能力の使い方にはまだ慣れてないし、相手の魔族は容赦なく私を狙ってきた。癒やしの力を扱えるのが私だけだからね」


 僕は紙に彼女の語りを一言一句漏らすまいという気持ちで書き留めていく。

 ペンの先にインクをつけることすらもどかしい。


「そいつは闇の力を操る魔術師タイプの魔族だった。聖剣は闇の力を打ち払うけど近接向きだから相性が悪かった。選定者リヒトも魔術師の力を使って対抗してたけど、全然火力不足で押し負けてた。しかも嫌味ったらしいことにそいつ、ずっと離れたところから攻撃してくるの。遠くからちまちまと削られて次第にシオンは疲弊していったわ」


 話を聞きながら若干僕は興奮していた。

 いや、仕方ないだろう。

 だって子供の頃すごく興奮した勇者パーティーの物語を、直に聞けてるんだから。


「じゃあ、どうやって勝ったんですか?」


「私が天才だったのよ」


「え? 天才……?」


 ふふん、と自慢げに笑う聖女セイラ。


「聖女になってすぐだったけど、類稀なる才能で聖術の使い方を掴んでね、強引に聖なる光を魔族に当ててやったのよ」


「すると、どうなったんです?」


「闇の力を操る相手だったからね。私の聖なる力で右半身が吹っ飛んだわ」


「なるほど……」


 つまりは相性の差で勝ったのか。


「あ、相性の差って思っただろうけど違うから。私のセンスがずば抜けてたから、敵の攻撃の隙を見計らった鋭いカウンターを刺せたのよ。いくら闇の力に聖なる力が強いからって、防御されたら攻撃が通らないことも多いし。だから敵を倒せたのは私のセンスがすごかったからってわけ」


「そうなると、初めての戦闘で魔族を倒したんですか。それはすごいですね、才能の塊じゃないですか」


「そ、そう? あなた、わかってるじゃない」


 なんだか褒めてほしそうだったので、そう言ってみると効果が抜群だった。

 聖女はなんとか済まし顔を保とうと顎を突き出して斜め上を向いてるけど、ちょっと口角が上がっていた。


(わかりやすいな、この人)


 僕は聖女セイラに対し、恐れ多くもそんな感想を抱いた。


「倒した魔族はどうなったんですか?」


「……黒い塵になって消えていったわ」


(? また……?)


 僕が質問すると、先程までが嘘だったかのように聖女が真顔になった。

 だけど、なにが原因なのか僕には全くわからなかった。

 このままだと機嫌を損ねそうだったので、話題を変える。


「えっと、他の魔族との戦闘はどうだったんですか?」


「魔族との戦闘は全部凄く大変だったわ。私達全員が力を合わせて全力を出し切って、ようやく勝てるっていう戦いばかりだった」


「戦士様と魔術師様がパーティーに加わってからも、ですか?」


「ええ、そうよ。魔族との戦いはずっとギリギリで、いつどちらに天秤が傾いてもおかしくないような、そんな戦いばかりだった」


「となると、魔族も強くなっていったということですか」


「そうね。私達も旅の中で強くなっていったけれど、あっちも同じように学習して強くなったのかもしれないわね」


 これは僕の勘だけど、聖女は本心ではそんなことを思っていないような、そんな感じがした。

 何か、隠していることがある。そんな感じがした。


「選定者リヒトは魔王との戦いの前で合流したんでしたよね?」


「ええ、そうよ」


「どのように和解されたのでしょうか? その、失礼かもしれませんが自分だと故意に命を落とすような細工を装備にされたら、一生許せないだろうな、と」


「確かにアイツがしたのは最低最悪の悪行だった。けど、それと同じくらい私達にはアイツに対する恩があった。だから許した。それだけよ」


 僕の問いかけに聖女セイラが答える。

 それはまるで、あらかじめ用意してきたセリフを喋るみたいな流暢さだった。

 だからこそ、その言葉で違和感が拭いきれなかった。

 恩があるから許すというのは、理屈の上では理解できる。

 でもいくら恩があるからと言って、感情的にそれだけで許すことができるのか?

 聞きたい、と思った。

 けどそれ以上に聞いてはいけない、という直感が働いた。


 とりあえず、今本題を切り出すのは間が悪い。

 そう判断した僕は、本筋とは別の質問を聖女になげかけた。


「他の勇者パーティーの皆さんの戦い方などを聞いてもいいですか?」


「そうね……とりあえず、シオンは普通に強かったわ。剣術の腕は普通だったけど、土壇場で勝ち筋を掴む地力って言うの? そういうのがあったわね。どんな状況でも絶対に逃げない度胸もあった。戦士アンセルはとにかく硬くて、絶対に落ちないタフなタンクだったわね。アンセルが入ってから戦いの安定感がすごく増した。魔術師ダフネは冷静で状況把握能力が高かった。一度三体の魔族に挟み撃ちにされたけど、生き延びれたのはダフネの冷静な指揮があったからね」


 僕は早口でまくしたてられるその情報をなんとか紙に書き留めることに成功した。

 と、ここまで聞いて、一人足りないことに気がついた。

 この流れなら自然に訊ける。

 僕は本題を聖女セイラに訊ねた。


「えっと、選定者リヒト様はどのように戦ったのですか?」


「あー………………アイツはとにかく手数で勝負って感じだったわね。直接倒すには火力が足りないから、陽動とか囮役を引き受けることが多かったわ。それも旅の後半になるにつれて出来なくなっていったけど」


「出来なくなったのは選定者が引き出せる能力の上限があるからですか?」


「そうよ」


 聖女セイラは頷く。


「選定者リヒトはどのような人物だったのでしょう? 記録があまりなくて、知りたいんです」


「アイツは……『バカ』ね。一言で表すなら」


「バ、バカ……?」


「そう。馬鹿だったわ。ギャンブル好きのお調子者。ずっと騒いでてうるさかった。だからバカよ」


「な、なるほど……」


「本当に酷かったのよ? 金には汚くて借りた金は返さないし、パーティーの資金は横領するし、平気で嘘はつくし、トラブルばっかり起こすし、行く街で酒場の看板娘に色目使ってデレデレしてるし……」


 聖女セイラは当時のことを思い出したのか、徐々にヒートアップしていく。

 どうやら相当、選定者リヒトに対する恨みが溜まっているらしい。

 僕は苦笑いするしかなかった。


「あ、あはは……」


 勇者シオンからの情報とはまた違った言葉が出てきて、僕はちょっと動揺しつつもその情報を紙に書き写そうとした。


「でも……」


 しかしその直前、聖女がボソリと呟いた。


「すごい人だったわ。私なんか比べるのもおこがましいくらい」


「え」


 書く手を止めて顔を上げる。

 ──勇者シオンと同じ言葉だ。

 窓の外を見つめる聖女の目にはどこか憂いと寂しさが混ざっていた。

 やっぱり、選定者リヒトに関して、魔王のように何かまだ語られていないことがある。


「はー、やめやめ。湿っぽいのは性に合わないわ。話題を変えましょ」


「あ、はい……」


(正直まだ聞きたかったけど仕方ないか……)


 聖女セイラの方から話題を変えてほしいと言われたらそれ以上は訊けない。

 それと同時に、聖女セイラの言葉に、言外に『これ以上追及しないでほしい』というメッセージがあるように思えた。

 選定者リヒトについてもっと話を聞きたい、という名残惜しさを感じつつも、僕はもう一つの本命について切り込むことにした。


「じゃあ、魔王について訊ねてもいいですか?」


「……魔王?」


 聖女セイラの眉が動いた。

 勇者シオンのときよりも大きい。


「はい。魔王の戦いについて情報が少ないのでお聞きしたいんです。どういう戦い方だったとか、どんな戦いだったとか、少しだけでもいいので……」


「……そうね。魔王は基本的に他の魔族の強化版って感じよ。闇の力と、闇の力をまとわせた剣だとか、多彩な攻撃手段があった。魔王特有の闇の波動みたいなのが常時身体を覆ってて、私の聖術でも簡単には通さないから苦労したわ」


「なるほど、では魔王との戦いは一番苦しい戦いだったのですか?」


「いや、《《戦い自体は大したことはなかったわ》》」


「え」


「あ、いや、相対的に見てね。旅の中で私達も強くなってたから、余裕を持って倒せた。そういうことよ」


 僕は目を見開くと、聖女セイラはすぐに言い直す。


「ああ、そういうことですね」


 そう返事したはいいものの、僕の心の中では彼女の言葉にひっかかりがあった。

 その発言の中で、なにか重大なことを見落としている気がする。

 しかしどうして引っかかりがあるのか、今の僕にはわからなかった。


「では、魔王はどうやって死んだのですか?」


「……」


 聖女が目を見開いて固まった。

 その様子に僕は混乱しながら質問の意図を説明する。


「あの、えっと、記録の中で魔王を倒すまでの情報が少ないので、訊ねたいと思いまして……」


「…………申し訳ないんだけど、その問いには答えられないわ」


「え?」


「ごめんなさい。もういい時間だし、ここで終わりにしましょう」


「え、あの」


 聖女は椅子から立ち上がる。

 僕は引き留めようとしたが、その前に彼女は部屋から出ていってしまった。

 聖女セイラが出ていった後、僕は頭に手をついた。

「……なにが失敗だったんだろう」




【記録官レイル調査記録】


〈面談者/日時/場所〉

 ・聖女セイラ/勇者歴12◯◯年◯月◯日/教会の一室。

〈問い〉

 ・魔族との戦いについて。

 ・選定者リヒトはどのような人物だったのか?

 ・魔王の戦い方や、どのように倒されたかについて。

〈新たな情報〉

 ・聖女セイラも選定者リヒトを『すごい人だった』と評価。

 ・魔王との戦いは『大したことはなかった』という聖女セイラの証言。

〈メモ〉

 今回、聖女セイラに対して質問をいくつか問いかけた。

 その中で特に印象的だったのは、聖女セイラが魔王との戦いを『大したことはなかった』と表現したことである。

 これまで、勇者パーティーが魔王との戦いについて詳細な事実を話さないことから、魔王との戦いは熾烈かつ、想像を絶する大激戦だったと考えられてきた。

 それなのになぜ『大したことはない』という表現になったのか。

 他の勇者パーティーにも聞いて確かめる必要がある。

 また、選定者リヒトに対して聖女セイラにも問いかけたところ、勇者シオンと同じ『すごい人だった』評価をした。

 これは個人的な所感だが、選定者リヒトに関してはまだ隠された事実があると思われる。

 また、『魔王が世界を救った』という発言について訊ねることはできなかった。

 『魔王はどのように死んだのか』という質問をすると、聖女セイラがそこで強制的に取材を終わらせたためだ。

 ・どうして『魔王の死に方』についての質問をしただけで、聖女セイラは取材を終わらせたのか。

 ・なぜ聖女セイラは魔王の戦いを『大したことはない』と表現したのか。

 が新たな疑問として持ち上がった。

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