1話 なぜ魔王は世界を救った?
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その日は、勇者が魔王を倒してから十年の祝祭だった。
百年に一度大陸の何処かに出現する人類の敵、魔王。
その魔王が勇者によって倒したことを祝う日であり、国中が浮かれていた。
街中に吊るされた色とりどりの旗。昼間っから聞こえる酔っぱらいの声。国内外の人々で活気づく王都の街。
今日だけは誰もが日々の仕事や悩みから解放され、酒を浴びるように飲みながら踊ったりはしゃいだりしている。
そんな様子を、大通りに面している酒場の外で、波々と注がれたジョッキをあおりながら、僕は景色を眺めていた。
いつもより苦く感じるのは、きっとこの後の憂鬱な仕事のせいだろう。
「なんだか楽しくなさそうな顔だね、レイル」
声をかけられた。
振り返るとそこにいたのは、少し癖のある赤毛と、猫のような瞳が印象的な女性だった。
「そういう君は楽しそうだね、カーラ」
彼女の名前はカーラ。
僕の仕事仲間、つまりは同僚だ。
同じ村から王都までやってきた幼馴染でもある。
いつも明るい彼女ではあるけれど、今日は普段より浮かれている雰囲気があった。
「だってそういう日だもん」
返す僕のセリフにカーラは肩をすくめてそう言った。
確かにその通りだ。
今日はお祭りの日。楽しんでないほうがおかしい。
僕が質問に答えなかったので、カーラが同じ質問を投げかけてくる。
「なんでそんな顔してるわけ? 今日は勇者様の記録を扱う退屈な『勇者省』の仕事はないんだし、思いっきり楽しめばいいじゃん」
「別に記録を扱うこと自体が退屈だと思ったことはないけど」
「あー、ごめんごめん。そう言えばレイルって、だいーぶ熱心な勇者様ファンだったもんね」
「別にファンってわけじゃなくて、歴史が好きなだけだよ。勇者と魔王のさ」
「はいはい」
否定しているのにカーラは聞いてくれなかった。
『勇者省』。
百年に一度生まれてくる魔王を倒すために立ち上がった勇者と、その仲間の活動を記録するための国の機関だ。
僕たちはそこに記録官として務めている。
僕はため息をついて、話題を戻す。
「楽しめって言われても、この後のことを考えるとね。あとでこの祝祭の様子についてまとめないといけないんだろ?」
「まー、王都の人間の出入り数とか、どれだけ焼串が売れたとか、そういうのを調べるのは面倒だよねぇ」
カーラが僕の言葉に同意を示す。
僕が務める勇者省の仕事は、勇者についての記録をまとめること。
当然、この祝祭についての詳細もあとで纏めることになる。
勇者の記録を後世に残し、伝えていくためだ。
勇者はこの世界の平和の象徴。
どんな些細な記録でも残すのが僕たちの役割で、勇者たちに関係する情報はどんなことでも記録するのが仕事だ。
だからこそ面倒くさいんだけど。
弁明させてもらいたいけど、仕事が嫌なわけじゃない。
正確な歴史や情報を記録して後の世に残すという作業自体は嫌いじゃないし、むしろかなり好きだ。
億劫なのは、この祝祭で飲まれたエールの総量や、経済効果とか、関係なさそうなことまで調べてまとめなきゃいけないこと。
僕が好きなのは、あくまで勇者パーティーが魔王を倒すまでの行動記録とかであって、数字の羅列じゃない。
「それはそうだけどさ。でも魔王が出てきたときの勇者省に比べたらマシでしょ? あれ、勇者についての予算管理の他にも、大陸中に行って情報をまとめたらしいし」
「まあね」
カーラの言葉に僕は同意を返す。
勇者省のお仕事は、勇者に関する全般。
勇者が旅をする資金を用意したり、魔王討伐に役立ちそうな装備や武器、果ては大陸中を旅する勇者の情報まで調べてくるのが仕事だ。
だから魔王が出現したときの勇者省の仕事量に比べたら、全然マシなはず……そう考えても出てくるのは、やはりため息だった。
するとカーラがぐったりとうなだれる。
「私が憂鬱なのは、この後のことだよ……せっかくのお祭りなのに仕事があるなんて。お役所づとめをこれほど恨んだことはないよ……」
「仕方ないだろ、祝祭に出席する勇者様のことは、僕たち勇者省の仕事なんだから」
「うー! もっと遊びたいー!」
カーラが暴れ始めた。
この後、僕たちには仕事がある。
祝祭の式典に勇者パーティーが出席するから、その準備をしなくちゃいけないのだ。
でも一応、皆が仕事をしなくていい日に仕事があるということで、僕ら下っ端にはお情けで半日だけ休みが与えられていた。
ただ、勇者省のお偉いさんや、式典に出席する貴族や王族は休み無しだ。
「うう、ひどい。こんな中途半端に休みを与えられたら、もっと欲しくなっちゃうじゃん……こうなったら、限界まで飲んでやる!」
「ほどほどにしときなよ。この後仕事があるんだからさ」
カーラが泣き言に僕は小言を告げる。
するとその時、わっと大通りの向こう側から声が聞こえてきた。
同時に、音楽隊が奏でる音も少しずつ大きくなってくる。
「あっ、勇者様たちだ!!」
カーラがガバっと顔を上げた。
「行くよレイル!」
そして僕の手を掴んで、引っ張った。
「うわっ」
「せっかくの勇者様たち、見ないと!」
僕とカーラは人だかりへと走った。
太鼓を鳴らす音が大きくなる。
「あっ、ほら来たよ!」
カーラが叫んだ。
人の隙間から勇者パーティーの姿が見えた。
豪華な装飾が施された馬車には、二十代後半の四人組が座って、人々に手を振っていた。
男女それぞれ二人ずつ。全員、過酷な旅をやり通した凛々しさというか、凄みがあった。
その中でもひときわ目立つ、黒髪で優しげな面持ちの男性。
彼が第十三代目の勇者、シオンだ。
『勇者様!』
『世界を救ってくれてありがとう!』
『勇者パーティーに栄光あれ!』
紙吹雪と歓声を浴びる勇者パーティーの四人。
彼らはおとぎ話の英雄ではなく、本物の英雄なのだ。
「勇者様たちだ……素敵だなぁ」
カーラが感動したような声で呟く。
勇者パーティーは世界を救った英雄。
僕たちの世代は皆んな、今まさに魔王討伐を行っている勇者たちの冒険話を聞いて育ってきた
剣と魔法で魔族たちを倒し、強大な敵である魔王へ挑む勇者たちに憧れない子供はいなかった。
カーラも勇者パーティーの話を聞いて勇者省に入った口だ。
当然、僕も。
馬車がゆっくりと僕らの前を通り過ぎていく。
勇者パーティーが通り過ぎた後も、僕はその余韻に浸っていた。
しかしその心地いい余韻を引き裂いた声があった。カーラだ。
「あっ、やばいやばい! 勇者様たちが通り過ぎたら戻って来るように言われてるんだった!」
そこで僕たちも思い出した。
僕らの休みは、勇者パーティーが大通りを通り過ぎた頃。
もう仕事に行かなければならない時間だ。
「行くよ、レイル!」
「そうだね、カーラ」
僕たちは走って王宮を目指した。
勇者省の職員として、式典の準備がある。
けれど勇者パーティーを見に集まった人たちに阻まれて、結局集合時間には少し遅れてしまった。
──この日、僕は自分の運命を変える出来事に出会う。
***
王宮の中はおもちゃ箱をひっくり返したみたいに混沌極まる忙しさだった。
『おーい、誰か式典の参加者に配るコサージュ知らないか? 十個ほど足りないんだが。え、足りない? じゃあ追加で用意してくれ、至急!』
『あれ、式典の来賓の数って本当にこれで合ってる? このままだと定員を超えるんだけど』
『ねえ、誰か飾りつけのチェックに人を回してくれない? 全く人手が足りてないんだけど!』
『こっちも手が足りてない! 人を回してくれ!』
式典の準備に、僕達は慌ただしく動き回った。
祝祭の目玉イベントである式典、そこには勇者パーティーが出席する。
その最後の準備にとりかかっていた。
僕達下っ端に与えられる役職はそんなに重要なものじゃない。
それでも備品や設備の最終チェックに走り回ったり、足りない花束や会食で出てくる食事の食料などの足りないものを求めてあちらこちらへ出向いたりと、息をつく暇は少しもなかった。
「ふぅ……」
僕は追加で頼まれたコサージュが入った箱を指示された位置に置いて、一息ついた。
するとタイミング悪く、僕の上司がこっちに歩いてくる。
「おっ、レイル戻ったか。じゃあ次に行ってほしいところがあるんだが」
「……」
「そんな顔しても無駄だ。皆忙しいんだからな」
「わかりましたよ。なにすればいいんですか」
「式典の最初に、国王様と勇者様たちが一緒に王宮の上のバルコニーから手を振るだろ? そこら辺、飾りつけに問題がないかどうかチェックする人手が足りてないらしい。行ってきてくれ」
「……わかりました」
面倒くさそうに反応しつつも、内心ではそれほど嫌なわけじゃなかった。
王宮のバルコニーからの景色はとてもきれいだからだ。
それにバルコニーの道の途中には勇者パーティーの控室がある。
運が良ければ勇者の顔を見ることができる。
王宮の廊下を歩いていると、窓から王宮の下の広場が見えた。
広場はひときわ華やかに装飾が施され、等間隔に木の椅子が並べられている。
その周囲をぐるりと兵士が仕切りを作るように立っていて、仕切りの外側には徐々に人が集まり始めていた。
式典に出席する勇者パーティー目当ての観客だろう。
バルコニーで国王と勇者パーティーが挨拶した後、下の広場で式典が開かれる手筈だ。
「おっと、こんなことをしてる場合じゃないな」
僕は誘惑を振り切って、バルコニーへと向かう。
その途中、とある部屋の手前まで来たときだった。
その部屋は扉が開いていた。
「──そうだね」
僕は立ち止まった。
聞き覚えがある声だった。
人生で数回しか聞いたことがない声。
しかし忘れたことのない、優しげな声だ。
勇者の声だった。
ドキン、と心臓が跳ねる音がする。
恐る恐る部屋の中をバレないように覗いてみると、そこは豪華な一室の中に、男女四人組がいた。
さっき見た、勇者パーティーだ。
どうやら式典が始まるまでの間、応接室か何かを控室にしているらしい。
緊張で心臓が高鳴る。
けど、僕はこんなところで立ち止まっているわけにはいかない。僕の人手を必要としている人たちがいるのだ。
何食わぬ顔で部屋の前を通り過ぎようとした。
その時だった。
「──ぼくは勇者なんかじゃない。本当の意味で世界を救ったのは、魔王だった」
その声は勇者だった。
その後、仕事をこなしたけど、式典についての記憶はほとんどない。




