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始まり

王宮の庭園にて


 むかしむかし、ヨーロッパの山々にかこまれた王国がありました。その国は「タトゥ王国」と呼ばれ、王族も騎士も、そして村人たちまでもが、不思議なタトゥを腕や胸にきざんでくらしていました。

 タトゥはただの絵ではありません。その人の心を映す“しるし”であり、勇気を持つ者には剣のような形が、知恵ある者には本や羽のような形が浮かぶのでした。


 ある日の午後。王宮の庭園は秋の光に包まれていました。花壇にはローズマリーやラベンダーが香り、噴水の水がきらきらと輝きます。


 王族のなかでも筆頭に立つ父王ゼパオウは、庭の石の椅子に腰かけておりました。王国で一番ゆたかな髭をたくわえ、目には優しさと厳しさがひそんでいます。しかし彼には、だれにも言えない秘密がありました――。


2 走りこむ第三王子


「父ぎみ、騎士としての誇りをここに捧げます!」


 庭園の小道を、ひとりの少年が駆けてきました。第三王子パニエるです。まだあどけない顔立ちながら、胸を張って父の前に立ちました。

 彼は腕をまくり上げ、そこにきざまれたタトゥを見せつけます。それは波のようにうねり、やがて罰印にも似たひとつの紋章にむかって伸びていました。


「うむ、立派な紋章じゃ……」

 ゼパオウはうなずきましたが、その目の奥には影がさしました。

「しかし……パニエるよ……」


 父の胸に、いやな予感が広がります。というのも、第三王子が“本気”になると、かならず王宮に騒ぎがおこるからです。


3 泣きながら現れた長男


「うああ! こいつ、本気でやりやがったー! もう闘わねぇ!」


 泣き声とともに庭園のはしからあらわれたのは、第一王子ダン。額を押さえ、泣きながら父のところへ走ってきました。

 その手には竹ぼうきがにぎられています。どうやら弟のパニエるとチャンバラごっこをしていたらしいのです。


 ゼパオウは急いでダンの頭を調べました。もし血が出ていたら大ごとだからです。けれど、きれいなおでこに傷ひとつありません。竹ぼうきも無傷でした。

 それこそが、パニエるの得意な技でした。相手を本気で倒したように見せかけながら、実際には傷をつけない。だからダンはいつも負けた気持ちになり、くやしくて泣いてしまうのでした。


4 兄弟のちかい


 パニエるは静かに手を差し出しました。

「兄上、いずれ私は父ぎみのような騎士になり、この国を治める王となります。だから、どうか同じタトゥをかざしてください。私たちは共に強くなるのです」


 しかしダンは首を横にふります。

「かざさねぇよ! お前はいつも勝って、情けをかけて、優越感にひたってるだけじゃないか!」


 その言葉に、パニエるは動きを止めました。父ゼパオウも確信しました。――ダンは本当に心から苦しんでいる。


 ダンは心に決めます。これから先、弟とは口をきかない、と。けれど背を向けたとき、ふるえる声が聞こえました。

「違います……。私は兄上と絆をむすびたいのです。共に強くなりたいのです」


 その声にダンは立ちすくみました。思い返せば、弟はいつも全力でぶつかってきた。勝ちたいのではなく、一緒に強くなるためだったのかもしれない……。

 ダンは唇をかみしめ、そして静かに弟と同じタトゥを掲げました。


「……今回だけだぞ」

 そう言いながら、口もとには笑みが浮かんでいました。


5 明かされる秘密


 その様子を見ていたゼパオウも、ほっと笑みをこぼしました。

「よかろう、決まりじゃ。パニエるよ、そなたの強さは確かに皆に伝わった」


 そのとき、ぱちぱちと拍手の音がひびきました。

「あら、パニエるはもうお強いのですね」

 現れたのは王妃ソン。母のやさしい目が、兄弟ふたりを包みこみました。


 しかし王妃の目には、すこし心配そうな影がありました。というのも――パニエるには大きな秘密があったのです。


 そう、彼は第三王子と呼ばれていましたが、本当は女の子でした。

 髪を短く切り、男の子の服を着せられてきたのは、この国を守るため。パニエるには誰にも負けない知恵と力、そしてカリスマ性があり、王国の未来を背負う存在と信じられていたからです。だから王妃とゼパオウは、娘を「王子」として育てざるを得なかったのでした。


6 不穏な噂


 その日の夕暮れ、王妃は夫にそっと耳打ちしました。

「あなた……隣国ナウル国に、少し奇妙な噂が広がっているのです」


 ゼパオウの顔がくもります。ナウル国は長年ライバル関係にある国でした。もし噂が王国の秘密――とくにパニエるの正体――に関わるものであれば、ただごとではありません。


 庭園に風が吹き、ローズマリーの葉がざわめきました。

 タトゥ王国に、これから大きな波が訪れようとしていたのです。

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