異世界転移して戦う相手はモンスターではなく承認欲求モンスターでした
男は、目を覚ました。見慣れない天井。ざわめき。むせ返るような甘い香り。
「ここは…?」
男は上半身を起こした。視界に入ったのは、見たこともない奇妙な服を着た人々。金髪碧眼、尖った耳、獣のような尻尾…まるでコスプレだ。
「勇者様、お目覚めですか!」
一人の少女が駆け寄ってきた。胸元が大きく開いた、露出度の高い服を着ている。
「勇者…?コスプレですか?」
少女はきょとんとした。「コスプレとは?」
男は状況を理解した。これは、巷で流行りの異世界転移モノだ。トラックに轢かれた記憶はないが、まあよくある話だろう。
「ああ、異世界ね。それで、魔王を倒せと?」
少女は興奮気味に頷いた。「そうです!勇者様の力が必要です!」
男は内心ため息をついた。魔王討伐か。面倒だな。
「わかりました。魔王を倒しましょう。ところで、魔王ってどんなやつですか?」
少女は答えた。「魔王は、世界を滅ぼそうとする、恐ろしい存在です!」
男は尋ねた。「世界を滅ぼして、何がしたいんです?」
少女は首を傾げた。「それは…わかりません」
男は考えた。魔王が世界を滅ぼして何がしたいのか。もっと情報が必要だ。
「魔王について、もっと詳しく教えてください。例えば、性格とか、好きなものとか、弱点とか…」
少女は少し考えてから、言った。「それなら、『精霊のささやき板』というのを見てみましょうか。皆、そこで情報交換をしたり、交流をしたりしています。魔王様の情報も、きっと何か載っているはずです」
少女はそう言うと、魔法で小さな石板のようなものを取り出した。そして、慣れた手つきで操作を始めた。
「ありました! これが、魔王様のアカウントです」
少女は石板を男に見せた。そこには、予想通りの光景が広がっていた。
魔王は、自撮り写真ばかりアップしていた。加工アプリで目を大きくし、顎を尖らせ、キラキラのエフェクトをかけた写真。「今日も世界征服頑張るぞ! #魔王 #世界征服 #イケメン」というキャプションがついている。さらに、リテラシーの低い信者を集め、怪しげなセミナーを開催していた。「3日で世界を変える魔法講座」と題された動画には、高評価の嵐。「魔王様!」「カリスマ!」というコメントが溢れかえっている。
男は呟いた。「…こいつ、ただの承認欲求モンスターじゃん」
男は立ち上がり、少女に言った。
「魔王を倒す方法はわかりました」
少女は期待に満ちた目で男を見つめた。「本当ですか!?」
男は言った。「簡単だ。魔王のSNSアカウントを特定し、彼の投稿に『いいね』とコメントをしまくるんだ。『あなたの考えは素晴らしい』『世界を変える力がある』とね。徹底的に褒め称えるんだ」
少女は困惑した。「そんなことで…?」
男はニヤリと笑った。「魔王は孤独なんだ。誰かに認められたい。承認されたい。それが満たされれば、世界を滅ぼす気力なんてなくなるさ」
少女は半信半疑で、男の指示に従った。
数日後、少女が戻ってきた。
「勇者様…魔王は…」
男は尋ねた。「どうでした?」
少女は顔を青ざめさせて答えた。「魔王は…承認欲求が満たされた結果、インフルエンサーになってしまいました。毎日欠かさず自撮り写真をアップし、信者たちに囲まれて騒いでいます。しかも、その信者たちを使って、新たな経済圏を作ろうとしています!」
男は天井を見上げた。
「結局、世界を滅ぼそうとしてるじゃないか…しかも、今度はもっとタチが悪い形で…」
男は呟いた。「…SNSを甘く見たか」
そして、男は再び立ち上がった。今度の敵は、魔王ではなく、承認欲求がとどまることを知らなくなったインフルエンサー魔王、そして、彼の信者たちだ。
…果たして、男は、この異世界を救えるのだろうか? いや、そもそも、救うべきなのだろうか?