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逃げ水

 逃げ水を追いかける人の行く先を、リリィ・アクアは気にしている。

 逃げ水に追いついた者が何を見るのか、そちらはもっと気になっている。


 絶望の中にある者は、幸福に縋る。たとえそれが一時のものであると知っていても。だからリリィはこの素敵な水薬を売っていた。試験管に入った透き通るブルーグリーンの液体は、リリィが満足するように調色しただけあって、完璧な色だ。

「違法品ではないのか」

 だけど、その色に眉を顰める者もいる。例えば、リリィから化学試薬を手に入れたいだけの科学教室の講師とか。

「ただのハーブエキスだよ」

「……薬を謳っているのでは」

「説明書きには、きちんと断りを入れてあるさ」

 食品であって医薬品でないこと、効能、成分。きちんと分かりやすく書いた紙を、リリィはいつも薬に同梱している。

 だけど、その人――ニコルは、胡乱な目でリリィを見つめた。卸している試薬もきちんと正規で仕入れているというのに、失礼なことだ。

 それほど言うのなら、とリリィは薬を差し出した。

「貴方も一度くらい試さない?」

 断られた。つれない。リリィの〝薬〟が、ニコルにどのような影響を与えるか見たかったのに。

 世界の滅びを目前にして、人々は絶えず不安に晒されている。受け入れていても、抗っていても、本当の意味で不安から逃れられる者はいない。

 だから、リリィはそんな人たちに一時の安らぎを提供している。リピーターは多いかもしれないが、中毒性などあるはずがない。

 そんな人物を見ても、面白味がない。狂わされていない状態で、心からリリィの〝薬〟を求めてくれなくては。

「魔女みたいだ」

 呆れとも取れぬ態度で、ニコルは頭を振る。その言は、リリィの身なりによるものだろうか。それとも、この精神性をあげつらっているのか。

 どちらにしても――本望だ。

「こんな時代だからこそ、幻想(ファンタジー)は必要でしょう?」

 この世界に埋もれた存在を掘り起こし、焼き付ける。それがリリィの望みだった。本物か偽物かなど、終末を迎えた現在では瑣末事。

「もっとも貴方は必要ない? 長い事人類が追い求めた天使(ファンタジー)を手にした貴方には」

 リリィはずっとニコルに興味があった。天の墜ちる世界で、天使を拾った者。本来捕まえられない幻想に届いた者は、何を見たのか。

「アンジェリカは、救いではないよ」

 真っ直ぐな視線で、きっぱりと。ニコルは告げる。


 幻想に逃げない者こそが、幻想に至る。だとすれば皮肉な世の中だ、とリリィは愉快に思った。

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