青い花
世界が変わることで生き物の在り方が変わることを、ミスト・スターチスは嘆いている。
一方で、形を変えて生きようとする彼らを、いじらしくも思っている。
新しく仕入れた喇叭型の花は、見たことのないものだった。まったく知らないわけではない。だが、これまでに見たどの花とも違う。――変種だ。
天が墜ちてくるようになり、ミストたちの住む世界は、少しずつ環境が変わってきている。気圧、気温、気候。細かく挙げればきりがない。そして、その環境に適応するように、生き物たちも少しずつ在り方を変えている。花屋を営むミストが、頻繁に〝見たことのない花〟に出逢うのはそのためだ。
今日は青い百合だった。瑠璃唐草の如く、青空を映した色だった。少し前まで青い百合は存在しなかった。そもそも青色の花は、全体の一握りしかなった。青い薔薇や和蘭石竹が人の手で創られたことは、誰もが知るところだろう。
『奇跡』――青薔薇の花言葉。だが、現在はこうして思いがけなくその〝奇跡〟が自然発生するものだから、まったく世の中は分からない。
水を吸いやすいように鋏を入れ、バケツに綺麗に飾り付ける。変種であろうと基本的にやることは変わらない。
細々とした雑務をし、たまに狭い店内を回って花の状態を調べ。野にはない花たちが魅力的に見えるように工夫する。終わりを迎えている世界で花を買う人は多い。みな花に癒やしを求めている。
――人だけではないのかもしれない。
「こんにちは」
開けっ放しのガラス戸を潜って、お客様が入ってくる。十代半ばの少女に見える彼女は、白い翼を背負っていた。天使だ。金色の髪を一つにくくり、空色のワンピースを着て。整った顔立ちは愛らしく、真摯で、無垢だった。
「こんにちは。今日もお花を?」
「ああ。絵に描きやすそうなものを一つ」
注文しながら天使は店内を見回している。彼女は絵を描くことが好きで、たまに画題として花を選ぶことがあるらしい。それで今はミストの店の常連だ。
天使の描く絵はどんなものだろう。いつか見せてくれないだろうか、と密かに思いながら花を探した。
選んだのは、あの青い百合の花。
彼女は、ミストが差し出したそれをじっと見つめた。
「……珍しいな」
その呟きは、彼女が青い百合などなかったことを知っている証明だった。
天使は、青い花を買っていった。これからきっと、彼女の絵に描かれる。この世界のものとして。
〝奇跡〟はもう奇跡ではないのだ、とミストは知る。




