幸せの一粒
正直に言えば、クリスティーヌ・ル・ポールは、世界の終末に怯えていた。
だが、このたった一粒が、一瞬であっても誰かに幸せを齎すのなら、まだ踏ん張れる、とも思っていた。
五人も入れば狭い横長の店内に、ショーケースが二つだけ。クリスティーヌのショコラトリーは、小さな店だった。それでもお客様は構わずに、クリスティーヌの作った宝石たちに目を輝かせる。値段に眉を顰めていても、ショコラを丁寧に収めた箱を手渡せば、たちまち笑顔に変わっていく。クリスティーヌは、それを日々の活力に、天の墜ちるこの世界を生きていた。
今日もまた、一人お客様がやってきた。真剣にショコラを選ぶその人は、なんでも近所で子どもたちのために科学教室を開いているとか。
「良いですね。楽しそう」
「楽しいですよ。皆が目を輝かせて夢中になっているのを見ると、それだけで」
それは、クリスティーヌのショコラ作りと似たところがあるように思えた。
その人は、その日宝石を二粒持ち帰ったのだが、なんと次の日にまた訪れた。クリスティーヌのショコラは高級品ではないが、一般の人が毎日買っていくような金額でもない。
「食べられなかったんですよ」
探りを入れると、その人は不貞腐れた表情になった。昨日買っていったのと同じショコラを恨みがましく睨んでいる。
「私と同居人、一粒ずつのつもりだったのに。あっという間に私の分も食べてしまって」
「あー……それは、嬉しいです」
お客様には申し訳ないが、欲望が理性に勝るほど気に入ってもらえたのなら、ショコラティエール冥利に尽きる。
「だから今度こそ、食べてやろうと思って」
そうしてショコラを選ぶその人の目は、据わっていた。本気度が窺える。
今回は、四つお買い上げいただいた。
「お二つずつ、ですか?」
ポイントカードを発行している最中、クリスティーヌは尋ねた。お手製のカードに『ニコル・アラン』と署名がされる。
なんだかんだ仲が良いのだろうな、などと思ったら。
「私が三つ、彼女が一つ、です」
大人げない発言に、呆然とした。
「あの天使、食い意地が張ってるから」
天使?
恋人なのだろうか。
しかしまあ、こうして愚痴を溢していても、ニコルは幸せそうに見える。自分のショコラが幸せの一ページに添えられているのであれば、クリスティーヌは満足だ。
また来てもらえると良いな、と思う。
まさか、本当に『天使』に気に入ってもらえていただなんて、このときは想像だにしていなかった。




