表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

ポメとマカロン

「きゃふ」


(よう、俺)


 俺が右手を挙げれば、鏡の中の俺も右手を挙げる。


「わふ」


(やあ、俺)


 俺が左手を挙げれば、鏡の中の俺も左手を挙げる。


「きゃんきゃん」


(今日も花粉が元気爆発しそうな天気だぞ)


 はっはっはっと笑えば、鏡の中の俺も舌を出して笑う。


「…きゅふうぅうう~」


(…まあたポメったよほほほほほほほ~)


「わっふ!」


 肉球を鏡に押し付けて、ずるずるとカーペットに頭を押し付けてから、一声掛けて俺はベッドへと飛び乗る。

 そうすれば、勉強机の上に置いてある物が見えた。

 俺の部屋には不似合いな、可愛いピンク色した包装紙に包まれた物が。


「…きゃふぅ~…」

 

(…なぁんで買っちゃったかなあ~)


 ◇


「…ホワイトデーって…男の為の日じゃねーの…?」


 デパ地下の特設コーナーで、俺は戦々恐々としていた。

 いや、義人(よしと)がデパ地下とか無理って言ってたから、あんなの大した事無かったぞって、ちょっとマウント取ってやろうかな、なんて思った俺が馬鹿だった。

 ハッピーホワイトデーとか、書かれた垂れ幕が天井から下げられていたり、ピンクやら赤やらの風船がふよふよ浮いていたり、今年こそは感謝のうんたらとか書かれた、ピンク地のポップがあったり…これ、どう見ても男が来る場所じゃなくね? 周りも女の子やらや大人の女性やらしか居ないんだが!?

 けど、ここまで来て手ぶらで帰るなんて出来ないよな!?

 適当に選んで、ちゃちゃっと帰ろう、そうしよう。中身とかどうでも良いよな? こう云うのは、気持ちだもんな!? バレンタインにチョコ貰ったから、そのお返しで深い意味はないんだからな!? 何かをして貰ったなら、ちゃんと『ありがとう』って言うんだぞって、雄兄(ゆうにい)が言ってたからな! 俺はちゃんとお礼が言える男だからな!


「あっれー? 白井(しらい)じゃん」


「何してんの?」


 ほわっ!?

 

 なるべく人の少ないワゴンに、こそこそと俯き加減で向かい、目に付いたそれを手に取ったら、思い切り俺の名前が呼ばれた。


「なになに? 誰かからチョコ貰ったの?」


「ええ? 白井が~?」


 ギギギ…と、錆び付いたネジの様に顔を動かしたら、同じクラスの女子が居た。


「あれ。でも、バレンタインは休みだったよね?」


「あ、そうだ! 黒川君も休みだった!」


 黒川ってのは、義人の苗字だ。てか、何でこいつらが居るんだよ!?


「かっ、母ちゃんへのお返しだよ! てか、何でお前らがこんなトコに居るんだよ!? ここはホワイトデーの売り場だぞ!!」


「何でって、友チョコのお返しに決まってるでしょ。ねー!」


「ね!」


 と・も・チ・ョ・コ。


 そ、そうか! それで、こんなに女の人で溢れかえってるのか。てか、友チョコ? こいつら本命居ないのか? そいや、チロルチョコとか言ってたのもこいつらだった?


「…ちょっと…何、その可哀想な子を見る目は…」


「お母さんからしかチョコを貰った事ない子に、そんな目で見られたくないんですけどー」


「うっ、うるせーっ!!」


 男が女に口で勝てる筈が無い!

 沈黙は金! 逃げるが勝ち!! って、雄兄が言ってた!!


 俺は手に取った物を手に、捨て台詞を吐いてレジへと走った。


 ◇


 そんな事があったのが、昨日の日曜日。

 買ったこれを、今日、何時、どうやって渡せば良いのかと悶々としながら眠って…朝、目が覚めたらご覧の通り、ポメってた。

 ぎっくり腰どころの頻度じゃないよな、これ。何だよ、もう。ポメって月の使者なのかよ。


「兄貴ー。ごは…」


 ベッドの上でゴロゴロ転がっていたら、弥生(やよい)がやって来た。一瞬、動きを止めたと思ったら、ササッと傍に来て、枕元にあった俺のスマホを手に取って操作しだした。


「きゃふっ!!」

 

(おい、何勝手に弄ってんだよ!)


「あ、義人さん? うん、弥生。兄貴がまたポメったから宜しく。って、訳で…それ、ちゃんと渡しなよ」


 クイッと弥生が顎を動かした先は、俺の勉強机だ。


「ぎゃんぎゃんっ!!」


(おまっ!! 何勝手にっ!! てか、何でバレてんだよ!?)


「ポメの声がするっ!!」


「何!? 先月は見逃したからな!!」


 大声で叫んだせいか、母ちゃんと父ちゃんの声が聞こえて来た。


「…きゅふうぅうううう~」


 …ああ…何でウチの家族はこんななんだ…。


 ◇


「…睦月(むつき)、生きてる?」


 父ちゃん母ちゃんに散々構い倒された後に、義人がやって来て俺は解放された。てか、チャイムが鳴った瞬間に、弥生が父ちゃんの手から俺を取り上げて、そのまま玄関まで連れて行って『はい。親が五月蠅いから、出掛けるまで兄貴の部屋に行ってて』って、義人にバトンタッチされた。

 …助かった。

 ポメの毛を持ってしても防ぎ切れない、父ちゃんの髭剃りのあとよ…。


「…きゃう…」


(…生きてるし…父ちゃんの髭剃りのあとで死ぬとか最悪だろ…)


 ベッドに座って、その膝の上に俺を乗せて頭を撫でる義人に、軽く頷いた。

 頭を撫でる手は優しくて、腹に回された手は温かくて、俺、何悩んでたんだろなって思った。


「でも、何でまたまたポメったの?」


「きゃふ」


 だから、義人のその言葉に、俺は素直に首を動かして勉強机を見た。


「…え?」


 それを見た義人の動きが止まる。


「…俺、に?」


「きゃう」


 俺が頷けば、義人は俺をそっとベッドの上に下ろして、勉強机の方へと歩いて行って、ピンクの包みを手に取った。


「う、わ…。やべ…すっげー嬉しい…」


 そう言って笑う義人の顔が何か眩しくて、更には目に涙も浮かべてるから、俺のちっちゃい心臓がドクンッてなった。


「開けていい?」


「きゃん」


 その為に買ったんだからな。お前に食って貰わないと可哀想だろ。中身知らないけど。


「ありがと」


 って言いながら、義人が包みを開けていく。壊れ物を扱う様に丁寧にゆっくりと。包装紙なんかどうせ捨てるんだから、べりべり破けば良いのに。


「…え…? マカロン…? え? 嘘だろ…? いや、睦月だし…意味は知らないよな…? え、でも…。俺が毎年あげるチョコより高い…え、マジか…」


「きゃふ?」


 マカロン? 何それ美味しいの? てか、高いって何が? まあ、小遣い貰ったばっかで良かったって思ったけどな。


 何かブツブツ言ってる義人の言葉は良く聞き取れなくて。けど、やっぱり嬉しそうなままで。


「二人で食べようか」


「きゃん」


 首を傾げた俺を義人は抱き上げて笑うから、俺も笑った。

 そうしたら『ありがと』って、また鼻ちゅーされた。好きだよな、鼻ちゅー。まあ、俺も嫌じゃないけど。何か安心するし。慣れたのかな?

 それから義人と二人で、色とりどりのマカロンを半分こしながら食べた。

 全部、義人が食べても良いんだけどな?

 でも、嬉しそうに半分に割って寄越すから、俺は尻尾を振りながら食べた。

○年後の、とある二人。


俺と睦月はパートナーシップ制度のある街に引っ越して来た。

届けを出したその夜。

そう、初夜だ。

初夜だよ、初夜なんだよ。

それなのに。


「何で、風呂入ってる間にポメってんだよおおおぉおおおおっ!!」


「ぎゃうっ!!(知るか)」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ