バレンタインポメっす
「ぎゅう…」
俺は、またポメっていた。
冬休みってか正月に初ポメって、義人に何だか好きだって言われてキスされそうになって、いや、鼻ちゅーはされたけど、口にされるのは回避した。そんなびっくり驚き桃の木山椒の木な休みが終わって、学校が始まって特に何も無く…うん、本当にアレは夢だったんじゃないかってぐらいに、義人とも何も無く、平和にのほほんと過ごしていた。
そ・れ・な・の・に。
「ぎゃう…」
俺はまたポメって鏡の前で項垂れていた。
「兄貴! ご飯! 遅刻するって!」
バンッてドアが開いて、弟の弥生が顔を覗かせて、そのまま固まった。
◇
パシャパシャって音がリビングに響いていた。ついでにスマホを持つ弥生の『すげー! ポメったってホントだったんだ! 雄兄に送ってやろ!』って声と、同じくスマホを構える母ちゃんの『睦月、チンチンして』って声も。
信じられるか? これ、家族なんだぜ?
何でポメったのか、理由も訊かずにこれだぜ?
父ちゃんが出勤してたのがまだ良かったのか、悪かったのか…何ともトホホな感じだ。
てか、弥生、何時の間に雄兄とラ〇ンする仲になったんだ。あれか、初詣からか、それともゼロ距離からか、畜生、この猫被りめ。
「ぎゃうぎゃうぎゃうっ!!」
(人に遅刻言っといてお前は良いのかよ!? 母ちゃんもパートあるだろっ!?)
「あ、やべ!」
「あら、いけない!」
壁に掛けられている時計を見ながら吠えれば、二人はそれに気が付いた様で慌て出した。
「えぇと、学校に連絡しないとね。ポメったって言う?」
「ぎゃうっ!!」
(やめろっ!!)
スマホを手に、目尻を下げて笑う母ちゃんに向かって俺は思い切り吠えた。
◇
『今日はバレンタインですね。嵐さんは奥様から?』
『あはは。まだですよー。帰ったらあるかな、あると良いなあぁ~』
なんて会話がテレビから流れて来てる。
ポメでもリモコンがあれば何とかなるもんだ。
ちなみに、トイレはドアを開けっ放し、便座を上げっぱなしにして貰った。以前、テレビで人間と同じトイレで用を足す猫の番組を観たのを思い出したからだ。"物置におまるがあった"なんて弥生が言い出したから、トイレの前でぎゃんぎゃん鳴いてやったら伝わった。全く何て弟だ。雄兄はあれが良いのか、良いんだな、ゼロ距離だもんな。
「…きゅう…」
どうせ、俺は可愛くないしな…。
弥生は俺と違って顔は可愛いし…。
「…きゅうん…」
比べてどーすんだ。俺は俺、弥生は弥生。
こんな俺でも良いって物好きが…居るんだよなあ…。
ぺたんとホットカーペットの上で寝そべってテレビを見てたら、腹がぽかぽかして来て瞼が重くなって気が付いたら俺は眠ってて夢を見てた。
『おーい、男子達~! 月曜日さ、チ〇ルチョコでいーい?』
『アホか!! もっと大きいのをくれ!! 女子全員で金出し合うんだろ!?』
あー…そうそう、木曜日にこんな事あったんだよなー。そいやチ〇ル値上げだって、何かで見たななんて思ったんだよな。クラスの女子の義理チョコじゃなくても、貰う奴は貰う。…義人だって、今年も貰うんだろな。毎年、そのおこぼれに預かってた俺だけど。
だけど。
何か、今年は嫌だなって思ったんだよな。
義人がチョコを貰うのを見たくないって、思ったんだよ。
何でだろうな?
木曜日にそんな事があって、ずっとモヤモヤしてて。
今日、学校に行きたくないなって思いながら寝たら…ポメってた。
何でポメるんだよ?
わけわかめだよ。
『ピ、ポーン』
…あれ…誰か来た? 回覧板か? 残念ながら居留守だ。ポストに刺しといてくれ。
「…本当に鍵開いてるし、またポメってるし…」
そんな事を思いながらうとうとしてたら、義人の声が聴こえて来た。
…あれ…? 夢…?
「…本当…可愛い…」
ひょいっと持ち上げられたと思ったら、鼻に柔らかい何かが触れた。
「睦月、何でまたポメったの?」
頭を撫でられて目を開けたら義人の顔があった。
「…きゃう…?」
首を傾げる俺を膝の上に乗せて、義人が肩を竦めて笑う。
「寝ぼけてる? あ、弥生君から"義人さんなら仮病使ってもバレないでしょ"、"兄貴ポメったから宜しく。玄関の鍵は開けてあるから"って、ラ〇ン貰ったんだ。確かに、その通りだけどさ」
は? 仮病? てか、ラ〇ン? は? あいつ、何時の間に義人と?
「まあ、細かい事は置いといて」
「きゃう?」
え? 細かくないよな? え? 何、何で弥生とラ〇ンしてんだ? 何で?
義人は膝の上に居る俺の頭を撫でながら、片手でコートのポケットを漁っている。
「はい、チョコレート。睦月が学校に来たら渡そうと思ってたけど、ポメったんじゃ無理だよな。デパ地下とか恥ずかしくて無理だから、コンビニで買ったけど怒るなよ? コンビニのラインナップも馬鹿に出来ないんだからな?」
そう言いながら義人はポケットから出した綺麗にラッピングされた物を俺に見せて、ちょこっとだけ顔を赤くした。
「…きゅう…」
…な、なんだよ…何か…もにょっとするだろ…。
「って、それじゃ開けられないよな、ちょっとごめんな…」
俺の頭を撫でていた義人の手が離れて行って、何か寂しいな、なんて思ってない、思ってない。
「ほら、口開けて。ピーナツ入り好きだろ?」
「…きゃう…」
頷いて、俺は口を開ける。
コンビニチョコにどれだけ種類があるのかわからないけど、俺の好きな物を選んでくれたのが、何か嬉しい。だって、一件目で無かったとしたら…売り切れていたとしたら…これを手に入れるのに探し回ったって事だろ? やばい、義人が良い奴過ぎて頬が緩む。
舌の上に乗せられたチョコはゆっくりと溶けて行って、次にピーナツの塩っ気が来た。この甘じょっぱさが良いんだよな。
おかわりって胸をたしたし叩いたら『…う…っ…!!』って、それまでニコニコと俺を見ていた義人が口を押さえて呻いた。
何だ? チョコの匂いで胸焼けでもしたのか?
じゃあ、その匂いをさっさと消さないとな。
たしたしとまた胸を叩けば、今度は両手で口を押さえた。
何だよ、もう? チョコ落ちたぞ?
まあ、いいや。勝手に食べるし。
「きゃふ」
義人の膝の上から下りた俺は、ホットカーペットの上に落ちたチョコを食べ始めた。
――――――――フリフリと尻尾と尻が揺れていたって、後でスマホで撮った動画を見せられた俺は、取り敢えず叫んで義人の頭を殴った。