第7話 圧力
そしてやってきた冒険者ギルド。商人ギルドに用があったため、それなりの服装はしてきたものの装備などを全く身に着けていない2人は非常に目立っていた。
それにはいくつかの理由がある。
基本的に冒険者ギルドにやってくるのは冒険者たちであるが、もちろんなにか依頼を出しに来る一般人もいるため普通の冒険者ギルドであればそこまで目立つことはない。
しかしこのメルローに限ってはそれは当てはまらないのだ。
基本的にここの冒険者ギルドが扱うのはダンジョンから得た素材や装備などであり、それらは冒険者ギルドからの常時依頼として扱われている。
ダンジョン素材を購入したい者は冒険者ギルドと取引のある商人ギルドに購入しに行くのが
普通であり、わざわざ冒険者ギルドにそういった依頼を出すものがいないのだ。
またメルロー周辺は砂漠地帯であり、この街以外に村などは存在しない。街のさらに北に行けば国境を超えたところにベポナ火山があるが、不毛の大地に続く火山地帯に住むもの好きなどどこにもいない。
たまに鉱石採取に向かうドワーフなどはいるが、ときおり火竜が姿を見せる危険地帯にわざわざ行こうとする者などまれである。
つまり普通のギルドならある周辺の村や町からの依頼というものが全く無く、一般人が冒険者ギルドを訪れることが非常にまれなのだ。
それに加えて注目を集めているのは2人の容姿である。
ただ歩くだけで周囲の視線を集めてしまうほど整った美貌のラティアは言うまでもないが、隣を歩くサラも以前のガリガリに痩せた姿からはうってかわり、健康的な可愛らしい少女になっている。
栄養状態が急激に改善したおかげか、背も伸びて胸も膨らみ、将来は美人になるであろうと誰しもがわかった。
また、それぞれが自分で作った街着を着ているのだが、ラティアは言うまでもないがサラの腕前も既に熟練の職人と遜色ないレベルにまで上がっている。
仕立てのしっかりとした高級感を感じられる服を自然に着こなす2人の姿は、冒険者たちの注目を集めるのには十分すぎた。
「なんかちょっと怖いです。ルーフデンの冒険者ギルドと違う気がします」
「そう? 私もここに来るのは久しぶりだけどそこまで変な感じは……」
「ちょっと君たち、冒険者ギルドになにか用? 困っているなら俺達が教えてあげるよ」
冒険者ギルドの雰囲気に怯えて足を止めたサラに、不思議そうにしながらラティアが話し始めたところで、4人の若い男の冒険者たちが声をかけてくる。
装備をさらっと確認し、20階層くらいの実力かな、などと予想しながらラティアは彼らに目を向けた。
少なくとも話しかけてきた18か9に見える冒険者の目には、周囲からいくつか感じられる邪な感情と同じものは宿っていないようにラティアには見えた。ただその少し紅潮した頬から純粋な善意だけではないことは確かだが。
いきなり話しかけてきたことに驚き、さっ、とラティアの背後に隠れたサラの姿に少し気まずそうにする彼にどう対応すべきか少しラティアが悩む。
見た目に騙され格上のランクであろうラティアに『教えてあげる』などと言ったことが知られればなにかしら彼の評判に関わってくるかもしれない。
しかしこのまま本当のランクを隠して案内してもらった場合、後で本当のことを知ったら彼はどう思うだろうか。
なまじ商人ギルドの対応がひどかったせいもあり、善意で助けてくれようとしてくれている彼への対応を珍しくラティアは迷った。
普段だったらさっさと金級のギルド証を見せて終わりにしただろうに。
「まっ、とりあえず受付に案内してやればいいだろ。ほれっ、チビスケ。隠れてないで行こうぜ」
話しかけてきた男の隣にいた、身長190センチほどの大男が気さくな様子でラティアの後ろに隠れるサラに近づいていく。
そして何気なくサラの肩に大男が手を置こうとした瞬間だった。
「うえっ!」
なにかに思いっきり足をすくわれ大男は一瞬宙に浮くと、そのまま床に腰を強打する。
痛みに顔をしかめる大男には何が起こったか全くわからなかった。
「ああっ、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「えっ、いや。なんだ?」
慌ててとても申し訳なさそうにペコペコと頭を下げるサラを見上げながら、大男はどう返していいのかわからなかった。
そんな彼にラティアが手を差し伸べて苦笑いする。
「ごめんね。この子、ちょっと人見知りで、不用意に近づくと本人の意志と関係なく体が動いちゃうときがあるんだ」
「そ、そうだったのか。悪かったな。つい妹たちみたいに扱っちまって」
「いえ、こちらこそすみません。あの、お詫びと言ってはなんですがこれどうぞ」
そう言ってサラが立ち上がった大男に黒い手甲を手渡す。それはサラの店で売るものの例として、自らの技量を示すために商人ギルドに持っていった見本だった。
ドラゴンモールの皮から作り出したそれは、ラティアも認めるなかなかの一品であり、一昔前にチェイスが使っていた装備と同等の性能である。
手渡された手甲を見つめ、大男が目を見開いて固まった。まだまだ本人のランクは低くても、他の高ランク冒険者たちの装備を目にする機会も多い彼にはその装備が自分たちのものよりもはるかに良いものだとわかったのだ。
大男は眉を寄せて難しい顔をすると、雑念を振り払うように首を横に振る。
「いや、さすがにこんなもんをもらうわけには……」
「いや、別にいいと思うよ。作った本人のサラがそう言ってるんだし」
「これを作った!? チビスケが!?」
大声で驚く彼に、少し恥ずかしそうにしながらサラがうなずいて返す。
本当は喉から手が出るほど欲しいが、さすがにこんな高級な装備は受け取れないと断腸の思いで断った手甲を、小さなサラが作ったということが大男には信じられなかった。
「今度サラが店を出すことになったから贔屓にしてあげて。じゃあ私たちギルド長に会いに行くから。親切に声をかけてくれてありがとう」
そう言ってラティアは受付に向かって歩き出し、ペコリと頭を男たちに下げたサラが追いかけていく。
2人の後ろ姿を眺め、そして手に持った手甲を大男が見つめる。そんな彼の肩を最初にラティアに話しかけた男がポンと叩く。
「結果的に儲けたけど、俺たちはまだまだだな」
「ああ」
見た目だけで判断した結果、無様に床に転がされたのだ。大男はそれを屈辱とは思わなかった。ただ相手の実力さえ見抜けなかった自分の不甲斐なさを大男は恥じた。
「店を出すんだとよ」
「そう言ってたな」
「今度、探しに行こうぜ。で、その店の装備で全身を固められるくらい強くなるんだ」
「ああ」
そう言って2人は拳をぶつけあったのだった。
背後でそんなドラマが始まっているなどと気づかなかったラティアは、受付嬢にギルド長との面会を申し込んだ。
冒険者の中で上位である金級冒険者とはいえ、そう簡単にギルド長と会えるわけではないはずなのだが、あっさりとラティアとサラは受付嬢にギルド長室に案内されていた。
「よお、いつ来るのかと思っていたよ」
体をだらーんと執務机にあずけて休んでいた冒険者ギルド長のフレディが入ってきたラティアに声をかける。
その言葉はラティアの予想を裏付けるのに十分すぎた。
「やっぱり冒険者ギルドにもどこかから圧力がかかっているんですね」
「あーうん、ここの領主の使いがなんか言ってきたな。聞く気がなかったんで、もう内容は忘れちまったが」
ラティアが必要だと思う情報をこともなげに伝えてくるフレディに、ラティアが頬を緩ませる。
普通なら権力者である領主に組みした方がよいと考えるのだろうが、ラティアの規格外さを理解しているフレディは選択を誤らなかったのだ。
「商人ギルドはダメでした」
「まあ、あそこは領主あっての、ってところがあるからな。1人弾いて良好な関係が維持できるならそうするだろ。しかしやり口がいつもの領主らしくないんだよな」
「というと?」
「普通はこんな直接的な圧力のかけかたはしないもんだ。あの小心者らしくないし、裏に誰かがいるのは確実なんだが、テイマー使って探っても警備は厳しいし意思疎通もそこまでできるわけじゃないから、なかなかうまくいかなくてな」
フレディが執務机からその身を離し、両腕を上に伸ばして背伸びをする。
そして机の上に置かれていた紙を1枚ラティアに向けて投げ、回転しながら飛んできたそれをラティアは指で挟んで止めた。
そこにはフレディがこれまで調べた領主周辺の情報が書かれており、それを読み終えたラティアがにんまりと笑みを浮かべる。
「ありがとうございました。ちょっと私のほうでも調べてみます」
「無茶するなよ」
「大丈夫です。私は無理をしませんから」
そう言い残してラティアとサラがギルド長室から出ていく。
「私は、ね」
ラティアの言葉を思い出し、フレディはその短い尻尾を揺らしながら楽しそうに笑ったのだった。
お読みいただきありがとうございました。




