第2話 帰還
その2日後、おおよそ予定通りの日程でチェイスとルドミラは拠点に戻ってきた。2人の表情には旅の疲れは多少見えるものの、旅立つ前までにラティアが覚えた違和感はさっぱりと消え去っていた。
そのことに少し安心しながら、ラティアが2人から近づいてきた少女へと視線をずらす。
「お久しぶりです、ラティア様」
「久しぶり、サラ。放置しちゃってごめんね。裁縫を楽しんでる?」
「はいっ!」
首から下の体を黒いタイツのような人形で覆ったその少女、サラがラティアに満面の笑みを浮かべながら答える。
以前はがりがりだったその体は、ふっくらと女性らしい体型に変わってきており、その背も10センチくらいは伸びているのではないかとラティアに感じさせた。
サラは両足がなくラティアが造った人形によってそれを補っているため、どこか歩みにぎこちないところがあったのだが、近づいてくるその足取りにそこまでの違和感はない。
それはサラが努力したことを示すものだった。
ラティアがサラの頭を優しくなでると、嬉しそうにサラは目を細める。その様子に笑みを浮かべながらラティアはその隣に立つ犬の獣人の少年に目をやった。
「リックも来てくれてありがとう」
「冒険者の端くれとして、メルローに憧れはあったから別にいい。急すぎるのはちょっとアレだけど、まあラティア様だからな」
「リック」
「へいへい」
少したしなめるような口調で名前を呼んできたサラに、リックがぞんざいな返事をしながらそっぽを向く。それに仕方ないなーと苦笑を浮かべるサラの様子に、少し2人の関係が変わっていることにラティアは気づきにんまりと口の端をあげた。
それに目ざとく気づいたリックが、少し焦ったようにラティアに問いかける。
「それで俺たちに用ってなんなんだ?」
「うん。サラの腕を考えるとそろそろダンジョン産の素材を扱ったほうがいいころだと思ったからね。で、リックはその素材採取のお手伝いかな」
「俺はついでかよ」
「ううん。ダンジョン探索してくれる協力者を増やそうとはしているんだけど、なかなか人が足らなくて。リックなら安心して任せられるし、ね?」
「ちっ。わかったよ」
どこか含みを持たせたそのラティアの言いように、自分の内心が読まれていることを察したリックが少し不満げに尻尾を揺らしながら返事をする。
なぜリックが不機嫌なのかわからず眉を寄せるサラに、ラティアは優しく笑いかけてポンポンとその肩を叩いた。
そしてラティアはその視線をチェイスたちに戻す。
「サラたちを安全に連れてきてくれてありがとう」
「ラティアにはお世話になってるしね」
「ああ、気分転換にもなったしな。悪いな、気を使わせちまって」
「いえいえ、いつもお世話になってるのは私のほうですし」
「それもそうだな」
「あれっ?」
あっさりとラティアの謙遜の言葉をそのまま認めたチェイスの予想外の反応に、ラティアが首を傾げて皆に視線を向ける。
しかしラティアの気持ちに同意してくれるような顔をしているのはサラだけであり、ルドミラ、リック、アシュリーの3人は苦笑いを浮かべたり、チェイスの意見に同意するようにうんうんとうなずいていた。
皆の自分に対する認識をあらためて実感し、それもそうかと納得したラティアは、唯一の味方であるサラの頭を優しく撫でる。
「それで皆はもう休むでござるか? あいにく部屋の空きは1部屋しかないのでござるが、なんなら拙者の部屋を……」
微妙な空気を変えるように助け舟を出したアシュリーの言葉をチェイスが手で制して話し始める。
「その件で話があってな。俺とルドミラはこの拠点を出ようと思う。ゴールデンゴーレムのおかげで金にもそれなりに余裕があるし、リックとサラがここに住んだほうがいいだろ?」
「この近場の物件を冒険者ギルドで探してもらうつもりだから、今と状況はあまり変わらないはずよ」
もっともらしい理由を伝えながらも、2人の顔がどこか赤くなっていることを考えれば、旅の途中でなにかあったことは明らかだった。
さすがのラティアもそれを指摘するほど無粋ではなかったが、なんとなく自分に全く相談なく2人が決めてしまっていたことが面白くなかった。
ラティアは2人を見つめ、そしてルドミラにむけてちょいちょいと手招く。不思議そうな顔で近づいてきたルドミラの長い耳にそっと顔を寄せる。
「チェイスのプロポーズの言葉、後で教えてくださいね」
「うえっ、あっ、うっ、その……」
ボフッと音が出そうなほどに急激に顔を真っ赤にし、手をあわあわとさせだしたルドミラをラティアは眺める。
先ほど感じていた疎外感は薄れ、自然とその頬は緩んでいった。
「ああー、やっぱりそういうことでしたか。まあそれなら仕方ないですね」
「あの……ごめんね」
「なにを謝っているのかわかりませんけど、いいですよ。幸せになってくださいね」
ルドミラの謝罪が何に対するものなのか全くわからなかったラティアだったが、そこは軽く流して許し、とても綺麗な微笑みをルドミラに向ける。
心からのラティアの祝福に、ルドミラはほっとその表情を緩める。そしてラティアに嬉しそうに笑い返した。
「ありがとう。これからもよろしくね」
「はい。またゴールドコアの採取頑張りましょう」
「まだやるのかよ。結構取れただろ」
「もうそんなのとっくに使い切って、残ってないに決まってるじゃないですか」
「なんでそんなに誇らしげなんだよ」
胸を張って言い切ったラティアに、チェイスがため息を吐きながら返す。
そしてラティアに小さく笑って返すと、チェイスはその視線をアシュリーに向けた。
「ラティアのお守りを頼んで悪かったな。大変だっただろ」
「いや、そんなことはないでござる。基本的にラティア殿は工房から出てこなかったでござるからな」
「うーん、やっぱそのしゃべり違和感があるんだが」
「これも真の侍を目指すためでござる。して、そちらの御仁らに自己紹介をしてもいいでござるか?」
「ああ」
チェイスが苦笑しながらうなずき、アシュリーがサラとリックのそばに寄る。
今のアシュリーは帯刀しているものの甲冑は身につけていないため、余計にその話し方の異様さが引き立っている。
そのため警戒心をあらわにする2人にアシュリーは背筋を伸ばして話しかけた。
「拙者はアシュリーと申すでござる。ラティア殿と縁があり、今は一緒にパーティを組ませてもらっているでござる。まだまだ修行中の身なれど、なにかあれば力になるので遠慮なく話しかけて欲しいでござる」
「あ、ああ。俺はリックだ。よろしく」
「サラです。よろしくお願いします」
「リック殿、サラ殿でござるな。よろしく頼むでござる」
そう言って手を差し出し、にこりと微笑んだアシュリーの姿に、2人はいくぶんか警戒心を和らげて握手をする。
言葉遣いこそおかしいが、その対応は一貫して常識があり、ラティアと一緒にいることを考えても悪い人ではないんだろうと2人は考えていた。
3人の挨拶も終わり、ラティアがパンと手を1つ打つ。
「これからチェイスたちは冒険者ギルドだね」
「ああ。まだ昼だが、いくつか物件を回りたいし早めに行くつもりだ」
「いい物件があるといいんだけど」
「では拙者は今夜の食事を用意してくるでござる。リック殿たちの歓迎とチェイス殿たちの新しい門出を祝いたいでござるしな」
「じゃあ私はリックとサラの拠点の説明をしておこうかな。いちおう家主だし、ちょっとやりたいこともあるから」
それぞれの予定を話し合い、チェイスとルドミラ、そしてアシュリーが自室に戻っていく。
チェイスたちが荷物を整理するのに少し時間がかかるだろうと考えたラティアは、リックたちを連れて1階の商店に向かった。
所狭しと装備が並べられた棚は隅々まで掃除が行き届いており、ここを管理するロクの丁寧な仕事を感じさせる。
「さっき通ったときも思ったんですけど、これ全部ラティア様が作ったんですよね?」
「うん。今、色々と協力してくれる冒険者を増やしているところで、その子たちに使ってもらうように作ったんだ」
「へー、結構いい装備だよな」
「リックが装備しているドラゴンモール製のものよりは、性能が低いけどね」
以前作ってあげたリックのドラゴンモールの皮鎧を指差し、ラティアが笑みを浮かべる。
ドラゴンモールの装備は、メルローのダンジョンで言えば50階層付近のモンスター素材と同等の強さを誇る。
まだ鉄級のリックが本来つけているべき装備ではないのだ。そしてそれをリックも十分に承知していた。
「今回は旅だから着てきたが、普段はあまりつけてないんだぞ」
「えっ、なんで?」
「勘が鈍る気がするんだよ。始まりのダンジョンの敵じゃあダメージも食らわないし」
それが贅沢な悩みであるとわかりつつも、リックはそう言わずにはいられなかった。
チェイスやラティアという自分よりはるかに格上の冒険者を知っているからこそ大丈夫だったが、もし知らなければ装備の性能に溺れて傲慢になっていただろうと思えるほどラティアの装備はすごかったのだ。
「ふーん、そうなんだ。まあこれからは有効活用できるでしょ。まあそれは別として1つサラに相談があるんだけど?」
「私に、ですか?」
ラティアの作った装備をじっと観察していたサラが、急に話を振られて少し驚く。
小動物のように首をキュッと振ったその姿に笑いながら、ラティアは言葉を続けた。
「この店でサラが作った装備を売ってみない?」
「えっ?」
思いがけないその提案に、サラはキョロキョロとそのなかなかに広い店内に視線を巡らせた。
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