第9話 冒険者証
歓声のあがる修練場の様子から、ラティアはいかにいままでオミッドたちが嫌われていたのかを察したが、しかし同時に疑問にも思っていた。なぜこれまで放置されていたんだろうと。
その辺りの事情を聞こうと、ラティアがほっと胸を撫で下ろしているリリアンに近づこうとしたその時、修練場の扉が荒々しく開かれる。
「ラティア、無事……だよなぁ」
「あれっ、チェイスさん。ジジイさんとの話は終わったんですか?」
飛び込んできたチェイスが、平然とした顔で尋ねてくるラティアと、その背後に倒れ伏すオミッドたちの姿を認め、疲れたようにため息を吐く。
ピンと立っていたチェイスの耳がゆっくりと折れ、そんな頭にぽんと節ばった大きな手が置かれた。
「ほう、ジジイか。それは誰のことだ?」
チェイスより頭一つ分背の高いスキンヘッドの大男が、チェイスの頭に置かれた手にぎりぎりと力を込めていく。
オミッドなど目ではないほどの無駄の一切ない筋肉の固まりと言っても過言ではないその体は、必死に頭から手を外そうとするチェイスをものともしていなかった。
「死ぬ、さすがにそれ以上力こめたら死ぬって。ジジイじゃなくてギルド長、ギルド長だ!」
「そうだな。正しい言葉遣いは上を目指す冒険者にとって必須だ」
このルーフデンの冒険者ギルドのギルド長であるスキンヘッドの大男は満足そうに立派な口ひげを揺らすと手を緩め、そこからやっとのことで抜け出したチェイスは地面に崩れ落ちる。
ぺたんと折れてしまっている耳に哀愁を感じるものの、その姿はどこか可愛らしく、ラティアは小さく笑みを浮かべた。
「ラティア、だったな」
「えっ、はい」
「話がある。ついて来い。おい、小僧もいつまで寝てんだ。さっさと来い」
「こんの、クソジジイ。いつかシメてやる」
物騒な呟きを漏らしながらチェイスがふらふらと立ち上がり、顔をしかめる。その顔にはくっきりと赤く2本の指の跡が残されていた。
既にギルド長はチェイスから離れ、修練場にやってきていた職員たちに聞き取りと今後の対応について指示を飛ばしている。
慌しく動き始める職員たちを満足げに眺め、ギルド長は2人へちらりと視線を向けるとリリアンを伴って修練場から悠然と出て行った。
「ギルド長、専用のデッサンドールみたいな綺麗な筋肉ですね」
「デッサンドールがなんなのかは知らねえが、綺麗な筋肉っていうのは喜ぶかもな。さて、行くか」
「そうですね」
チェイスに促され、ラティアは一度修練場に目を向けたあと歩き出した。気絶したオミッドたちの懐からギルド職員たちがギルド証を取り出している姿に、少しだけ胸がすくのを感じながら。
チェイスの後についてギルドの2階に昇ったラティアは、廊下の突き当たりにある扉の前で立ち止まった。
その扉は今まで通り過ぎたものと全く変わりはなく、その横の壁に『ギルド長室』と書かれていなければなんの部屋なのかわからないほどだ。
扉をノックしたチェイスが、中から聞こえた「入れ」という声に従い扉を開ける。そこには当然のことながらこの部屋の主であるギルド長がおり、奥の執務机で書類を書いていた。
「ミスリル級冒険者、チェイス。ギルド長の要請に従い参りました」
「えっと、銅級冒険者、ラティアです。参りました」
格式ばった挨拶をするチェイスに少し驚きながら、ラティアがそれを真似る。座ったままじろりとギルド長がチェイスを睨むが、チェイスはどこ吹く風といわんばかりに平然とした顔でそれを受け流した。
チェイスとラティアは部屋の中を進み、ギルド長の執務机の前に2人して並ぶ。
「楽にしろ」
「はっ、ありがたき幸せ」
「おい、チェイス。いいかげんにしろ。新人が困ってるだろうが」
「ギルド長が言ったんだろ。正しい言葉遣いをしろって」
その強面を少し崩し、気安い口調になったギルド長にチェイスが肩をすくめながら応じる。緊張感が霧散していくのを感じながら、ラティアはそれを見守った。
ギルド長が視線をラティアに移し、こほんと小さく咳払いして話しはじめる。
「初めまして。このルーフデンの冒険者ギルド長をしているナイジェルだ。君のことはチェイスから聞いている」
「ラティア・ミツキです。チェイスさんには大変良くしていただきました」
差し出されたナイジェルの右手に、ラティアが自らの手を重ねる。その瞬間、ピクリとナイジェルの眉が動いた。
握手を交わしたラティアはナイジェルに勧められて部屋の一角にあったソファーに腰をおろす。その隣には自然にチェイスが座り、対面のソファーに移動してきたナイジェルが腰をおろす。
2つのソファーは全く同じ2人掛けのものだったが、体の大きいナイジェルが座るとゆったりとした一人用のソファーに見えなくもない。
「まず謝罪させてくれ。うちの冒険者、いや今は『元』がつくがオミッドたちが迷惑をかけた」
「それについては俺からも謝る。もっと明確にあいつらに注意しろと伝えるべきだった」
大の大人2人に真剣な表情で頭を下げられ、ラティアは困惑した。
たしかに許せない発言や気に食わない点はいくつもあったものの、それももう終わったことだ。ラティアとして受けた被害など少し時間を無駄にした程度であり、むしろあの愚か者どもを冒険者ギルドから追い出せてよかったと思っているくらいだった。
「特にお2人が謝る必要はないと思いますが。あっ、でも1つ聞かせてください。なんであいつらは放置されていたんですか?」
ラティアの疑問に、顔を上げたナイジェルとチェイスが同じような渋い顔を見せる。
種族は違うのに親子みたいにそっくりだな、などと感想を抱きながらラティアが待っていると、ナイジェルは苦虫を噛み潰したかのような顔で話しはじめた。
「オミッドたちについてはギルドでも問題になっていた。だが奴らは狡猾でな。挑発はするが自分たちからは決して手を出さないんだ。奴らはあくまで売られた喧嘩を買っただけ。そんな風に冒険者同士のいさかいにすることでギルドが介入できないようにしていたんだ」
「いちおうギルドとしても注意喚起はしていたぞ。でもあいつらはギルドで目星をつけるだけつけて、あとで絡むんだよ。全く性質が悪い」
2人の説明になるほど、とうなずきながら、ラティアが首を傾げる。
「でも私にはすぐに絡んできましたけど」
「あー、それはまあラティアが滅多に見ないほどの上玉だったってのと、連れてきた俺が離れたからその隙にって考えたんじゃねえか?」
「だろうな。大方ラティアがこれからもチェイスと行動を共にすると考えたのだろう」
2人の推測を聞きつつ、ラティアは改めて自身の姿を眺める。
さきほど模擬戦をしてきたばかりだというのに傷どころかくすみ1つない真っ白な肌。
見る者が見れば一目で高級とわかる白いシャツとその上に羽織った袖つきの深緑のマントはそれなりに大きな胸で押し上げられ、深い赤のスカートからはすらりとした足が伸びている。
少し幼い顔立ちは自分では確認できなかったが、少女とも大人ともいえない危うい色香が漂っているのをラティアは十分承知していた。
トワイライトメモリー内でも屈指の人形師であるミツキが、そのもてる技術、金、手間全てをかけた最高の人形がラティアなのだ。
その価値が認められたように感じ、ラティアはうんうんと満足そうに首を縦に振った。
「つまりそれほど私が魅力的だったというわけですね」
「いや、まあそうなんだが。はめられたことにむかついたりしないのか?」
「はめられたといっても大して強くありませんでしたよ、あのオミ……オミなんとかさん。むしろ人形を馬鹿にしたり、リリアンさんを恫喝したことの方がむかつきますね」
肩をすくめてなんでもないことのように振舞うラティアにチェイスとナイジェルが苦笑する。
オミッドはその素行はともかく、その実力はルーフデンでも指折りの冒険者だったのだ。
そのオミッドをたいして強くないと評するラティアの底知れなさ、そんな者に自ら手を出し破滅を招いたオミッドの愚かさ、なにより面倒ごとが片付いた安心感。それらがごちゃ混ぜになった結果が2人の顔にははっきりと表れていた。
そんなとき、ギルド長室の扉がコンコンとノックされる。ナイジェルが許可を出し、部屋の中に入ってきたのは先ほどナイジェルの後についていったはずのリリアンだった。
リリアンは視線の合ったラティアににこりと笑いかけると、ナイジェルに近づき銀色に輝くなにかを渡す。そしてそれを確認したナイジェルがラティアの前にそのカードを置く。
チェイスがひやかすようにヒューっと口笛を吹き、心底面白そうな顔でナイジェルを見つめた。
「冒険者証ですか。先ほどと色が違うようですが」
「君が見たのは銅級の冒険者証だ。これは銀級。2階級上のランクの物になる。初めて冒険者ギルドに登録する者に対してギルド長権限で渡せる最高ランクだ」
興味深そうに自分の名前の書かれた銀色のギルド証を眺めるラティアに、ナイジェルは真面目な表情を崩すことなくそう告げた。
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