第21話 信じる者たち
ラティアが突然騎士たちに連行されてから7日。
チェイスとルドミラは寸暇を惜しんでラティアの無罪を証明するべく情報収集に努めていた。
オミッドの足取りを追い、所属していたポーターの商会を尋ね、オミッドが宿泊していた宿までの道のりで目撃者がいないか聞き込みをする。
それらの結果わかったのは、オミッドが当日、赤髪の女と親しげに歩いていたという騎士たちに告げられた情報が正しいということだった。
「親しげっていう時点でラティアじゃねえんだけどな」
「いちおうラティアの似顔絵を見せて、この人じゃないと言ってくれる人もいたけど……」
「殺害現場からラティアが逃亡したって証言しやがった冒険者が誰かわからないのがな」
今日の情報収集を終え、拠点の工房の2階でテーブルに向かい合わせに座ったチェイスとルドミラが、情報共有しながらため息を吐く。
2人の顔色は決して良いと呼べるようなものではなく、その目元などからは疲れが溜まっていることがありありとわかった。
2人はラティアがオミッドを殺害するわけがないと信じていた。
そもそも名前さえ覚えていなかったほどラティアにとってオミッドはどうでもいい人物であり、そんなことをすれば大好きな生産作業に支障が出かねないためするはずがないと、2人は正しくラティアのことを理解していたからだ。
ラティアは特徴がありすぎるくらい目立つ存在であるため、オミッドと歩いていた赤毛の女とは違うことはチェイスとルドミラの調査で早々にわかっていた。
だがそれを騎士に伝えたのにもかかわらず状況は変わることはなかった。決定的な証言であるラティアが殺害現場から逃走したという冒険者の証言が大きく、それを否定しようにもそれが誰かわからないからだ。
チェイスたちはギルド長を含め、使えるだけの伝手を利用しその冒険者たちを特定しようとしたのだが、その情報は一切入ってこなかった。
オリガやユースタスも知り合いの冒険者に声をかけてくれているのだが、その結果も思わしくない。
「そもそもおかしいのよ。シルヴィア様の名前を出して王族との繋がりも証明して見せたのに、面会すら叶わないってありえないわ!」
「だよな。メルローは大都市だが、王家の威光が届かないなんてことはない。つまりそれをしても構わない、もしくはそうするように指示した誰かが王族ってことになっちまうんだよな」
「間に合うかしら」
「ラティアの我慢しだいだな。あとはエネルギーの残量がどれだけ残っているかにもよるか」
ルドミラはラティアが捕まってすぐ、冒険者ギルドと商人ギルドそれぞれを通じてシルヴィアに手紙を出していた。
空を飛べるモンスターを使役した冒険者への指名依頼と、商人ギルドの王都への航空便を利用しているため、もうシルヴィアのもとには手紙は届いているはずである。
しかしその後シルヴィアがどれだけ早くこの事態に対応できるかは2人にはわからなかった。
2人はこのままラティアが素直に罰を受けるとは考えていなかった。
本気を出せば自分たちよりもはるかに強い力をラティアは持っている。装備がないことで多少弱くなっていたとしても、銀級程度の力しかないと油断しているだろう騎士たちを出し抜くことなど造作でもないだろう。
ただその場合、ラティアの立場はかなり悪くなるが。
「いよいよ最悪の事態になってラティアが逃げてきた場合は俺が国外まで連れて行く。ここに連れてきちまったのは俺の責任だしな」
「私も……」
「いや、ミラはここに残ってくれ。オリガたちの面倒もあるし、庇護を受けているシルヴィア様との連絡も必要になるだろう。追われることになるのは俺とラティアだけでいい」
ルドミラが唇を噛み、悔しそうに顔を伏せる。
チェイスの言っていることは正論だ。だからルドミラとしても納得せざるを得ない。しかしこんな形で別れることなど、とうてい納得できるはずがなかった。
「ミラ」
そんなルドミラの頬にチェイスは優しく手を触れて顔を上げされると、その唇に自らの唇を重ねた。
「落ち着いたらどんな手を使ってでもお前を迎えに来る。カタリナの手がかりを探しにちょっと国外に出るのと変わりないさ」
「チェイス」
潤んだ瞳をルドミラがチェイスに向ける。
なかなか思うように進展せず、ただ焦りのみが募っていく日々はミスリル級冒険者である2人の心であってもなかなかに耐えることは難しかった。
心が弱ったせいだろうか、まるでプロポーズのような言葉を告げるチェイスにルドミラはその掴まれた心の赴くままに身を寄せようとし、そこでドンドンと扉を叩く音にピクッと体を震わせる。
「こんな時間に申し訳ない。どなたかおられませんか?」
凛とした女性の声に、ピクリとその耳を立てたチェイスが少し不機嫌そうにするルドミラに声を掛ける。
「この声は聞いたことがある。たぶんラティアを連れて行った騎士の女だ」
「もしかしてラティアになにか?」
「わからない。だがわざわざ騎士が来たんだ。今は少しでも情報がほしい」
立ち上がったチェイスとルドミラが階段を下り、そして店舗部分の入口の扉を開ける。そこには青髪のすらりとした長身の美女、アシュリーがその眉間にしわを寄せながら立っていた。
いきなり開いた扉にアシュリーはとっさに腰に手をやり、空を切った手の感覚に自分の未熟を恥じる。
「夜分に申し訳ない。メルロー領騎士団 第3部隊ウォーレス隊所属騎士アシュリーという。我らが捕らえたラティアについて内密に相談したいことがある」
「へえ、無実のあの子を捕らえておいてどんな相談があるのかしら?」
「ミラ、気持ちはわかるが抑えろ」
憎々しげにアシュリーを睨みつけるルドミラの挑発をチェイスがたしなめる。ルドミラも自分の行為に意味はなく、むしろ悪化させるだけだともうわかっていたが、つい出てしまったその言葉は本心でもあった。
しかしそんな言葉を投げかけられたにもかかわらず、アシュリーは歯を食いしばるのみで反論はしなかった。
「とりあえず入ってくれ。内密ってことは目立ちたくないんだろ」
「すまない、助かる」
アシュリーを招き入れたチェイスは、先ほどまで居た2階のリビングに彼女を案内する。そして椅子に座らせると、その対面に2人は並んで座った。
椅子に座ったアシュリーはしばらく言葉を発さなかった。自らの両手を見つめ、ときおりチェイスたちに視線を向けてはまた視線を戻す。
迷っている。それがありありと伝わる態度に、チェイスとルドミラは顔を見合わせうなずきあう。
少なくともアシュリーはラティアの敵ではない。その共通認識を無言のうちに確かめたのだ。2人はじっと待った。それが最良の道に繋がる糸だと信じて。
そして手を握りしめたアシュリーが強い意志を感じさせる瞳を2人に向ける。
「まずはじめに、私はラティアが犯人ではないと考えている」
「!? ならっ」
「あくまで私は、の話だ。いち騎士の考えで変わるほど物事は単純じゃない。自分の力不足を今回のことで実感した。いくら剣の腕が立とうとも、私にはなんの力もない」
アシュリーがぎりっと拳を握りしめ、自嘲の笑みを浮かべる。
詳細は言わなかったがその言葉と態度だけで、アシュリーがラティアのためになにか働きかけてくれようとしたのだと2人には伝わった。
そしてそれが全くうまくいかなかったことも。
「ラティアの現在、街の北部にある兵士の詰め所の地下にある牢に囚われている。囚人たちに襲われないように立って寝ており、まともな睡眠も食事もとれていないようだ。取り調べでもほとんど反応を見せず、かなり憔悴していると聞く。私は接触を禁じられているため、全て聞いた話で悪いが」
「いや、十分にありがたい情報だ」
表情を明るくしたチェイスたちを、アシュリーが不思議そうに見つめる。
アシュリーにとって、伝え聞いたラティアの情報は彼女の絶望的な現状を示すものに他ならない。
しかしラティアが人形であることを知っているチェイスたちにとっては、ラティアがエネルギーをなるべく消耗しないようにしているが故の行動であるとわかっており、それはラティアがまだ穏便に解決することを望み我慢していることを示すと理解していた。
「問題はあとどのくらい猶予があるかってところか?」
「取り調べに関してはあと3日と聞いている。その後どうなるかは私にもわからない。普通であれば犯人であると確定され犯罪奴隷に落とされて競売にかけられるはずだが、いつもとなにか違うのだ」
「そんな情報、私たちに伝えてもいいの?」
「騎士としてはあるまじき行為なのだがな。私は無実の民がこのような扱いをされるのに耐えられるほど強くはなかったようだ」
悲しそうにしながら笑みを浮かべたアシュリーに、チェイスとルドミラは顔を見合わせてうなずいた。
たしかに領主に仕える騎士としてはアシュリーはふさわしくないのかもしれない。しかし長いものに巻かれて目をそらすのではなく、自分の正義を貫く強さを彼女は持っていた。
そんな人物が騎士団にいた幸運に2人は感謝する。
「明日、私は領主様に直談判をするつもりだ。私が調べた限りのラティアが無実だという証拠を示してな。おそらくもうここには来れないだろうから、最後に1つだけ情報を伝えておく」
そう言ってアシュリーは一拍置くと、真剣な表情で口を開いた。
「ラティアの取り調べは兵士の詰め所の奥にある取調室で朝の10時頃から始まる。時間は3時間程度で、昼は食事に行く者も少なくないため詰め所の警備は甘くなりがちだ。この情報をどう使うかは君たちに任せる」
「あんた……」
「君たちに幸運が訪れることを願っている。もしかしたら私の明日の直談判がうまくいって、あっさり解放されるかもしれないがな」
そう言ってアシュリーは爽やかに笑った。そんなことはないとわかっているはずなのに。
彼女が下手をすれば死ぬと覚悟していることは、チェイスたちにも伝わった。だからこそ、こんなところで死んでもらっては困るとチェイスは首を横にふる。
「まだ3日あるんだろ。なら最後まであがかせてくれ。あんたにはそれに協力してほしい」
「だが私もできうる限り調べたんだ。これ以上のことは……」
「わかってる。でもそれは騎士のやり方でだろ。俺達には俺達なりの方法がある。冒険者だからこそできることがな」
「私たちが知りたいのはラティアが殺害現場から逃げたと証言した冒険者パーティが誰かということ。それさえわかればなんとかなるかもしれないの」
2人の必死の願いにアシュリーは難しい顔でしばしの間黙り込んだ。
事件を目撃したという証言者の情報を被疑者の関係者に伝えるなどあってはならないことである。それは悲劇の連鎖を招きかねない愚行だからだ。
しかし今、ラティアの無実を信じて疑わないこの2人の冒険者たちならば、自分とは違う未来を導くことができるのではないかとアシュリーは思ってしまった。
完全に騎士失格だなとアシュリーは力なく息を吐き、そして2人に視線を向ける。
「証言した冒険者たちは、銀級冒険者パーティ『残月』の4人だ」
そう告げたアシュリーに、チェイスとルドミラは深く頭を下げて感謝を示したのだった。
お読みいただきありがとうございます。
帰宅が遅れ投稿時間がずれてしまい、申し訳ありませんでした。




