第8話 お約束
大男の身長は2メートルに近く、154センチと日本人の平均よりもやや低いラティアからすれば頭2つ分以上の差があった。
真上を見上げるかのようにしながらも一歩も引こうとしないラティアに、大男が嘲りの表情を浮かべながら告げる。
「そんなに訂正してほしいんだったら、冒険者らしい方法で決めようぜ」
「どういうこと?」
「模擬戦をするのさ。なんだかんだ言って、冒険者たる者は腕っ節が強くないとな」
腕を曲げた大男の上腕二頭筋がぼごりと盛り上がる。はやし立てる仲間たちに気を良くしたのか大男はまるで筋肉を見せ付けるかのようにポージングを決めた。
そして鼻から息を吐いて小馬鹿にした視線をラティアに向ける。
「もちろん逃げてもいいんだぜ、人形使いのお嬢ちゃん。そのときはやっぱり人形なんてただの遊び道具だって証明されるだけだけどな」
「わか……」
「待ってください。受けてはダメです!」
そう言ってラティアと大男の間に飛び込んできたのは、受付嬢のリリアンだった。
その手には赤褐色のカードが握られており、守られるような立ち位置でその背を見つめるラティアに、戻ってきてすぐに状況を把握し飛び出してきたんだろうことをうかがわせた。
「おいおい、ギルド職員は冒険者同士のいさかいには首を突っ込まないって暗黙のルールがあるだろ?」
「ラティア様はまだ冒険者として登録したばかりです。ギルド職員として看過できません」
「登録が終わったからにはもう冒険者だろ。それに先に突っかかってきたのはそのラティアって女だけど、な!」
大男がリリアンの顔間近に自らの顔を近づけ、酒臭い大声で威圧する。しかしリリアンは両手を広げた姿勢のままそこを動こうとはしなかった。
細かく震えるリリアンの背中にラティアの思考が急激に冷えていく。そして同時に静かな怒りの炎がともるのを感じていた。
ラティアがリリアンの肩に右手を乗せてぽんぽんと叩く。振り向いたリリアンの顔は真っ青になっていたが、それでもその瞳はぶれておらず、とても澄んだ綺麗な赤色をしていた。
「ありがとうございます、リリアンさん。お礼にあとで人形を送らせてください」
「ラティア様」
「でも、ごめんなさい。ちょっと私、この人たちを許せませんから」
その言葉に驚いた顔をするリリアンをかばうように、今度はラティアがその前に立つ。リリアンよりラティアのほうが背は低いため、あまりかばっているようには見えなかったが。
ラティアが首を真上に上げるように曲げ、力強い口調で言葉を発する。
「いいでしょう。模擬戦を受けます。でも求める条件は変えさせてもらいます。私に負けたらあなたたちは冒険者を辞めて二度とこのギルドに近づかない」
「それなら俺たちが勝ったら、お前は俺たちの奴隷だ。なにをされても人形のように受け入れろよ。冒険者を辞めさせる対価だ。そのくらいの条件じゃねえとな」
「わかりました」
「なっ、ラティアさん!」
リリアンが止める間もなく返事をしたラティアに、男たちが愉悦の表情を浮かべる。
こうなってはギルド職員が入り込む余地などない。冒険者同士が正式に取り決めたことなのだから、これに割って入るのは越権行為となる。
ラティアの整った顔、それなりにある胸元、すらりと伸びた足に注がれる男たちの欲望にまみれた顔つきを見れば、負けた場合にどんな目にあうかは誰が見ても明らかだった。
「どうしてこんなことを。オミッドは素行が悪いせいでランクこそ鉄級ですが実力は本物です。冒険者になったばかりのラティア様が敵うような相手では……」
涙目になりながら思い直すように説得するリリアンに、ラティアはとびきりの笑顔を向ける。
同性であるリリアンが思わず見惚れて言葉を止めてしまうような凛とした美しい笑顔を浮かべながら、ラティアは安心させるようにゆっくりと話しはじめた。
「私、一生懸命頑張っている人が好きなんです。仕事であれなんであれ、一つのことに打ち込んでいる姿って格好いいですよね。だからそんな人を馬鹿にするようなあの人たちの言動は許せません」
「でも、それじゃあラティア様は……」
「安心してください。私は強いですよ。リリアンさんに負けないくらい格好いい姿見せちゃいますから」
おどけるようにそう言ってラティアがウインクする。その言葉にほんのわずかな怯えも含まれていないことに気づいたリリアンだったが、不安そうな表情を変えることは出来なかった。
ラティアが振り返り、その大男、オミッドと向き合う。
「模擬戦、どこでやるんですか?」
「ギルドの裏にある修練場だ。付いて来な」
そう言ってオミッドは背中を向けて歩き出した。それに続いたラティアを取り囲むようにオミッドの仲間の男3人がついてくる。
万が一にもラティアが逃げ出さないようにという思惑が見え隠れするそのあまりにも慣れた動きに、ラティアの視線がさらに冷たくなっていく。
いちおう背後から襲われることも想定していたラティアだったがさすがにそこまではなく、地面がむき出しになったそれなりに広い修練場に無事にたどり着いた。
そこには数人の若い冒険者たちがおり剣や槍の練習をしていたのだが、やってきたオミッドの姿を認めるとそそくさと壁際に退避していた。
傷ついた巻きわらなどは残されているが、がらんと空いた修練場でラティアとオミッドたち4人が対峙する。
「んじゃ、始めるか。今回はギャラリーも多いことだしな」
ついてきたリリアンや他数人の受付嬢、ギルドの職員などを見回しながらオミッドがわざとらしく舌なめずりをする。それを見たギャラリーが顔色を青くするのを楽しんでいるのだ。
「どこまでもゲスですね」
「そんなゲスにお前は抱かれるんだよ」
そう言いながらオミッドが携えていた金属製のバトルアックスを構える。その顔の赤さからいって酒に酔っているのは間違いないはずなのに、その刃先はラティアを指したまま微動だにしていなかった。
一方のラティアは、腰に提げていた袋から小さな黒犬の人形を取り出す。高さ十センチにも満たないそれを見たオミッドはこらえきれずに笑い出した。
「なんだそりゃあ。遊びにもなりゃしねえぞ」
「そのセリフは勝ってから言ってください。ああ、面倒なので全員で一斉にどうぞ。弱い者いじめを何回もするのは気が引けますから」
「言わせておけば、この小娘が調子に乗りやがって。おい、立場をわきまえさせるようにいたぶってやれ。多少傷つけてもポーションで回復させりゃあいい。それでもさんざん遊んだ後に娼館に売りゃあぼろ儲けだ」
オミッドの言葉に従うように、その仲間たちがラティアを三方から取り囲む。その顔には一対多の状況に対する罪悪感など全く見当たらず、ただ弱者をいたぶることが出来るという歪んだ笑みが浮かんでいた。
そして3人は示し合わせたかのように同時にラティアに向けて剣を振るう。さすがに刃の部分ではなく腹ではあるものの、その勢いに一切の躊躇はない。
「ラティアさん!」
まるで自分が切りかかられているような切羽詰った声をあげるリリアンに、ラティアがにこりと笑みを向ける。
次の瞬間、その場には立ったまま悠然とオミッドを見据えるラティアと、剣を飛ばされうつぶせに地面に倒れこむ3人の男たちの姿があった。
いきなり仲間がやられた今の状況がわからず、オミッドは目を見開く。その体は、なぜか半歩後ろに下がっていた。
「なにが起きた?」
「可愛いワンちゃんに撫でられて眠くなっちゃったのかもしれませんね。人形遊びにも付き合えないなんて、よほど疲れていたんでしょう」
目の前でくるくると黒犬の人形を楽しげに走り回せながら、にこりと笑みを浮かべるラティアの姿にオミッドの背筋がびくりと震える。
完璧なまでの美しい笑顔なのだが、その瞳はどこまでも冷たくオミッドを貫いていた。
残っていた酔いが急激に冷めたオミッドは、己の生存本能が発する警告に従い自慢の筋肉を盛り上がらせる。
「だから言ったでしょう。弱い者いじめをするのは気が引けるって」
こいこい、とばかりに黒犬の人形が手招きし、それと全く同じ動きでラティアがオミッドを挑発する。
それだけの行為で怒りの限界を超えたオミッドは、その膨張した筋肉をいかんなく発揮し、まるで重機が迫るような圧力でラティアに駆け寄るとバトルアックスを大きく振りかぶる。
その動きは先ほどの3人とは比べ物にならないほど速かったのだが……
「この程度でなめた口をきいたんだ」
失望したようにため息を吐きながらラティアがその左手を振る。
いま正にオミッドに踏み潰されそうになっていた黒犬の人形は、ぐぐっと体を縮めると常人の目には見えないほどの速さで宙へと飛び上がる。
そしてそのまま怒りの形相で駆けるオミッドのあごへと頭突きをかました。
「うがっ!」
予想外の方向からの攻撃だったのか、なんの防御も出来なかったオミッドは少し体を宙に浮かせながら短く声を漏らし、ふらふらと頭を揺らす。
手放されたバトルアックスがドスッと重そうな音を立てながら地面に突き刺さり、そしてそこに吸い込まれるように白目をむいたオミッドはゆっくりと体を傾けていった。
そしてバトルアックスの刃の先に頭が突き刺さる直前、オミッドは体を斜めにした不自然な格好のまま動きを止める。
「お遊びで大怪我はやりすぎだからね。このくらいで勘弁してあげます」
右手を振って聖龍のひげを操り、ラティアがオミッドをバトルアックスの隣にそっと置く。
だれも想像し得なかったラティアの完勝劇に、リリアンを含めたギルド職員たちはしばらく唖然としていたが、お互いに視線を合わせてこれが現実だと理解するとワッと嬉しそうな声をあげたのだった。
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