第16話 ポーター
その日は今後の方針を打ち合わせるためといって、ラティアはユースタスとオリガを拠点に泊めさせた。
ラティアの借りた商店兼工房はなかなかの大きさであり、2人が泊まってもまだ1部屋空きがあるのだ。その代わり1部屋1部屋の広さはそこまで広くはないのだが。
そして翌日、前日の疲れを感じさせることなく起きてきた2人に、ラティアは1つの提案をした。
「もう2人ともここに住んじゃえばいいんじゃない? そうすれば宿代が浮くでしょ」
「いや、それはさすがにな」
「たしかに助かるけど、甘えすぎかなって思っちゃうんだけど」
惹かれるものはありつつも、素直に返事をしない2人を見たラティアが、朝食を作っているチェイスに尋ねる。
「ねえ、チェイス。別にいいよね?」
「おう。料理を作ってくれるなら大歓迎だ。こいつら全然作りやがらねえし」
「せっかく街にいるんだから、買いに行けばいいだけでしょ」
「私、料理スキルは持ってないんですよ」
「ほらな」
作る気力のまったく感じられない2人の返事に、チェイスが苦笑いしながら肩をすくめる。
チェイスがなにかと気を回して動いてくれるため、ルドミラもラティアもそれに若干依存しがちになってしまっているのだ。
2人の性格からして、その方がうまく回るだろうというチェイスの思惑に乗せられているとも言えるが。
「あっ、私料理スキル持ってます。旅立つ前にお母さんに仕込れて覚えました」
「俺は料理スキルはないが、多少なら作れると思う。宿代節約のために野営したりしてたし」
「十分だ。とは言っても自分が作るついでに皆の分もついでに作るくらいでいいんだけどな。冒険者生活はなにかと不規則だし。ラティア、運んでくれ」
「はーい」
チェイスの好みなのか、朝から分厚いステーキとパンという少々重めな朝食の載った皿をラティアが聖龍のひげで運んでいく。
完全にものぐさなラティアの対応にチェイスは笑い、朝食の皿が飛ぶという不可思議な光景にユースタスとオリガは目を見開いて驚いたのだった。
朝食後、明日の探索の準備をすると言って出ていったルミドラ以外の4人は連れ立って中央ダンジョンに向かう道を進んでいた。
しかし今日の目的はダンジョンの探索ではない。彼らが向かったのは……
「ここだな。マジックバッグを手に入れる前は結構世話になったもんだが、あんま変わってねえな」
そんなことをチェイスが呟きながら、周辺の店舗より大き目の建物の扉を開けて中に入っていく。初めてここに来る3人は黙ってその後に続いた。
建物の1階はホールになっており、その奥にある2つの窓口に受付嬢が並んでいる。1つの窓口は他の冒険者の対応をしているため、チェイスはもう1人の受付嬢のところへ足を進めた。
やってきたチェイスに、受付嬢はにっこりと笑みを浮かべてみせる。
「いらっしゃいませ。どのようなポーターをお探しですか? うちに所属するポーターは粒ぞろいの者ばかりですよ」
「冒険者を目指しているような若い奴らを見たいんだが」
「えっ? あっ、すみません。たしかにそういった子は安いですが、深い階層にはいけませんし、運べる荷も限られます。不用意なことをすることもありえますので、お客様にはお勧めできませんが」
そう言って受付嬢が戸惑いを見せる。
ここはポーターを冒険者に貸し出している商店の中でも最大手の店だ。
ポーターとして働くための独自の教育をほどこしており、それを受けた者たちの質の高さが冒険者たちから認められて人気を博し、それに応えるように今では8割以上のポーターが所属する商店となっている。
そんな人気の商店で多くの冒険者を見てきた受付嬢は、その装備や雰囲気からある程度冒険者の実力を推し量ることができた。それが出来るからこそ、受付嬢を任されているとも言えるが。
その視点でチェイスを見ると、冒険者でもかなり上位の実力の持ち主であると受付嬢は見抜いていた。
その要望に応えるのであれば、所属する最上位のポーターをあてがうしかない。スケジュールがどうだったかと頭を巡らせ始めたところで、チェイスに言われた要望が想定外すぎたため困惑してしまったのだ。
「ちょっと理由があって冒険者を育てたいと思ってな。引き抜きみたいな真似で悪いんだが、こっちもある程度堅実な奴の方が安心だからな」
「そういうことですか。当商会としては規定の料金さえ本人の代わりに支払っていただけるのでしたら問題はありません。指名がほとんどない子を引き取っていただけるのであればお安く出来るかと思いますが」
「それは見て判断させてもらうけどな」
若干黒い笑みを浮かべる受付嬢を、チェイスが軽く笑っていなす。
受付嬢は少し残念そうに小さく息を吐き、表情を笑顔に戻すと「こちらにどうぞ」と言って案内を始めた。
受付嬢の後に続いて2階に上っていくチェイスの肩を、ラティアがトントンと叩く。
「ねえ、ポーターって堅実なの? あと規定の料金ってなに?」
その疑問にどう答えるべきかチェイスは少し悩み、受付嬢のほうに視線をやったが彼女は前を向いたままで特に答える気はなさそうだった。
しかたなくチェイスが説明を始める。
「冒険者を目指しているのにポーターをしているってことは、先に金を溜めて装備なんかを整えようとしているってことだ。ポーターをすることで安全にダンジョンに慣れることもできるしな。無謀なやつらはそのまま冒険者になるだろ」
「なるほど」
「で、規定の料金ってのはポーターとして所属するときに契約で決めた商会に納める金のことだな。教育費とか支給される装備だとかの対価だと考えればいい。それを完済して初めて自由の身になれるってわけだ」
両手を軽くあげて自由を表現するチェイスのおどけた仕草に、オリガがくすくすと笑いを漏らす。
「つまり普通はこつこつポーターの仕事をして返すところだが、代わりに払ってくれるなら連れて行っても商会は損をしないから大丈夫って理解でいいのか?」
「指名依頼が入るような奴だと渋られる可能性もあるけどな。まあ冒険者もポーターも次から次に新人が入ってくるから、そこまで気にしないだろ」
ある扉の前で立ち止まった受付嬢にチェイスが視線をやると、彼女はさあ、どうでしょうといわんばかりに首をかしげて微笑を浮かべる。
そして結局その問いに答えることなく、受付嬢はその扉を開けた。
「ここが通称、待機部屋だな。ここでポーターの仕事が入るのを待つんだ。たまに俺たちみたいに直接面談したいとやってくる冒険者もいるからそれの対応とかをする部屋だな」
「ふーん、なんかやけにチェイス詳しくない?」
「まっ、俺も昔ここでポーターやってたからな」
さらりとそう言い、どこか懐かしそうに部屋の中を見回すチェイスに習って、ラティアもそこにいる人々を観察する。
その大部屋には数十人のポーターが待機していた。集団でなにかを話している者、黙々と筋力トレーニングに励んでいる者、静かに本を読んでいる者などその行動はばらばらであり、その年齢も10歳に満たないくらいに見える者から、既に40を超えているだろう者まで幅広かった。
(うーん、ボリュームゾーンは10代前半ってところかな。協力的な冒険者を育てるならそのくらいの方がいいかもだけど、教育が大変そうだなぁ。私がやるわけじゃないけど)
装備などのサポートはするが、冒険者としての教育などはユースタスたちに任せる気満々のラティアがそんな感想を抱きながらチェイスに視線を向ける。
そして1点を見つめて驚いた表情をしているチェイスの視線の先をたどると、この部屋の中でも一際大きな体をしたひげもじゃの男がいた。
ラティアと視線を合わせたその大男はチッと短く舌打ちをすると、その視線を伏せる。なぜそんな態度なのかわからず首を傾げたラティアに、チェイスがそっと耳打ちした。
「あいつはオミッドだ」
「オミッド?」
「ラティアが冒険者登録したときに絡んできた奴だよ」
「ああ、思い出しました。粋がって4人がかりで襲ってきたくせに、手も足も出せずに私にやられて冒険者資格を剥奪された人ですね!」
身も蓋もないラティアの言葉に、ピクピクとオミッドのこめかみに浮き出た血管が動く。しかしオミッドはそれ以上反応する様子は見せなかった。
あのとき、多少酔っていたとはいえ、オミッドにはラティアがなにをしたのかが全くわからなかった。
ミスリル級のチェイスの動きでさえ自分なら見ることができると自惚れていたオミッドの自信は、ラティアによって粉々に砕かれてしまったのだ。
約束に従い、オミッドは冒険者資格を剥奪された。仲間だった3人も既に散り散りとなり、このメルローにいるのはオミッドだけである。
1人になり、冒険者でもなくなり、オミッドの人生は大きく変わってしまったが、このメルローでのポーターの仕事は案外悪くなかった。
もともとの恵まれた体躯に加え、冒険者として過ごした経験を生かした適切なサポートのおかげで、オミッドはいまや指名待ちもある売れっ子のポーターになっていたのだ。
そのおかげもありオミッドが入り口の水晶から行ける階層は既に45層にまで届いている。これは商会に所属するポーターの中でも最も深い階層であり、名実共にメルローのトップのポーターにオミッドはなっていたのだ。
「ちっ、なんであいつらがここに来るんだよ」
心機一転、新たな気持ちでポーターをしていたオミッドにとって、チェイスとラティアの存在は過去の亡霊が突然現れたようなものだった。
胸の奥でうずく、どす暗い気持ちをオミッドが必死に抑えていると、既に2人は興味をなくしたのか歳の若いポーターたちのところへ向かっていき話しはじめた。
しばらく面談を重ねたチェイスたちは、何人かの若いポーターを連れて部屋から出ていった。オミッドを一瞥すらすることなく、話す必要などないと言わんばかりに。
2人の姿が消えた部屋に残されたオミッドは、大きく息を吐いて心を落ち着ける。
既に自分は生まれ変わったのだ。皆に尊敬され、頼られる存在になったのだ。そう自分に言い聞かせ、オミッドは気持ちを切り替える。
そのときドアが開き、いつもの受付嬢がオミッドに向けて笑顔で手を振った。
「オミッドさん、指名が入りました」
「ああ、わかった」
オミッドは立ち上がり堂々とした足取りで出口へと向かう。トップポーターとしての自信に満ち溢れた背中を、他のポーターたちに見せつけながら。
部屋を出て行くオミッドは気づかなかった。その背中に冷たいまなざしを向ける者がいたことを。その者はオミッドが出ていった扉から視線を外して握り締めた拳をゆっくりと解き、呟く。
「もうすぐだからね、兄さん」
静かな決意を秘めたその言葉は、誰に聞かれることもなく雑音として消えていった。
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