第11話 エルフの少女
少し緑がかったセミロングの金髪を揺らし、スビシと音が出そうな勢いでラティアをそのエルフが指差す。
少女エルフか。これはこれでありだな、などと全く関係のないことを考えながら、ラティアは視線を隣に向けた。
「知り合いですか? ルドミラ様って呼ばれてますけど?」
「少なくとも私の記憶にはないわね。一緒に依頼をこなした冒険者の顔はなるべく覚えるようにしているし、外に出る同族はそこまで多くないから見かければ覚えてると思うんだけど」
「キー! 2人で仲良さそうに話さないでください」
地団駄を踏んで怒りをあらわにするそのエルフの少女の姿に、思わず吹き出しそうになってしまったラティアは慌てて自分の口を手で押さえる。
「すごいですよ、ルドミラさん。私、キーって本当に言う人初めて見ました」
「私もよ。とりあえず場所を変えるわよ。これ以上エルフの評判を落とさないためにも」
「言うこと聞いてくれますかね? 聞いてくれても道中でわめきそうですけど……」
少女エルフは再びラティアたちが会話を交わしているのが気に入らないのか、ぷるぷると拳を震わせながら顔を真っ赤にしている。
ちょっとでも触れば大爆発しかねない爆弾のような姿に、ルドミラははぁ、と大きくため息を吐いてラティアに伝えた。
「ラティア、無理矢理でいいから拘束して。口は私がふさぐから」
「いいんですか?」
「まあ私を様付けにするってことは、多少なりとも尊敬してくれているってことだろうし、エルフ全体の利益を考えれば少々荒っぽいのはやむなしよ」
「わかりました。じゃ、さっそく」
「えっ、なにこれ? キャッ!?」
ラティアが指先から伸ばした聖龍のひげに四肢を絡め取られ、ふわりとした浮遊感と共に引き寄せられたエルフの少女が短く悲鳴を漏らす。
そしてその少女の口と目にルドミラが素早く手を当てて覆い、その耳元で小さく囁いた。
「違う場所で話は聞いてあげるから、ちょっと大人しくしてなさい」
「は、はいぃぃ」
エルフの少女は全身をぶるりと震わせると、先ほどまでの様子が嘘だったかのようにしゅんと大人しくなってしまった。
これならもういいのでは? と無言のうちに尋ねるラティアに、ルドミラは少女の目と口を覆ったまま首を横に振る。
今この少女が大人しいのはラティアの姿が見えていないからだとルドミラは正しく理解していた。
「とりあえず拠点に連れて行くわ。このままで悪いけれどちょっと我慢してね」
「はい」
いい返事をした少女とは裏腹に、頭が痛いといわんばかりに眉間に皺を寄せるルドミラを見ながら、ラティアはこの創作意欲をかきたてるエルフの少女がなにをするのか少しわくわくしていた。
そして拠点に戻ったラティアたちがドアを開けて中に入ると、1階の店舗部分でダンジョン探索に使う消耗品を広げて確認していたチェイスが顔を上げる。
「よっ、思ったより早か……また、ラティアがなんかやったのか?」
「いや、それはひどくない? 今回に関しては、私はなにもしてないからね!」
「今回に関して、って言っているあたり自覚が無いわけじゃないんだな」
ため息を吐きながらチェイスが作業をやめ、店の奥にあった椅子を引っ張り出してきて壁際に置く。
ラティアは聖龍のひげを動かしてそこにエルフの少女を座らせると、ルドミラに指でチェイスのほうに行くように指示をされ少し眉を寄せる。
しかしルドミラが頑として譲らないことを察すると、不承不承と言った感じでゆっくりとチェイスの隣に向かった。
ラティアが十分に離れたことを確認したルドミラが、ゆっくりとその両手を少女の目と口から離していく。
急に光が入ったからか少し眩しそうに目をパチパチとさせた少女は、目の前にあるルドミラの姿に本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「とりあえず名前を聞かせてくれるかしら。私のことは知っているのよね?」
「はい。イェイレの里の娘、オリガといいます。お会いできて光栄です、ルドミラ様」
「イェイレの里出身なのね。ずいぶんと若く見えるけど……」
「はい、今年で25になります。なんとか里長の試験に合格しまして森から出てきました」
「そう、頑張ったのね」
「えへへ」
オリガの頭を優しくルドミラが撫でると、とても気持ち良さそうに表情を蕩かせながらオリガが笑みを浮かべる。
そんな2人のやりとりを少し離れたところで眺めていたラティアは、隣で見守るチェイスに質問した。
「里長の試験ってなにか知ってますか?」
「ああ。ミラから以前ちらっと聞いただけなんだが、エルフが里の外に出るためにはある程度の実力を見せないとダメなんだそうだ。エルフを狙う馬鹿どもは少なくないから、それに対処できるようにってところだろうな」
「ふーん、容姿端麗な種族の宿命ってやつですかね」
大変だなぁ、などと感想を漏らすラティアを横目に見ながら、チェイスがわずかに苦笑する。
容姿端麗という意味で言えば、ラティアもエルフと同等、いやエルフという異種族ではなく人間のように見えることを考えればその需要は大きく跳ね上がることをチェイスは知っているからだ。
今はチェイスやルドミラが常にそばにいて警戒をしているため大きな騒動にはなっていないが、もしラティアが1人でこのメルローの街に来ていたら確実に人さらいたちの網にひっかかっていただろう。
ただラティアの強さがあれば、その網ごと引きちぎってしまうことは想像に難くなかったが。
「話からしてルドミラに憧れて里を出てきたって感じか?」
「たぶん」
興奮気味のオリガに少し手を焼きながらも、ルドミラが徐々に話を聞きだしていく。
2人はルドミラというご主人様に、ぶんぶんと尻尾を振る犬をオリガの後ろに幻視していた。
「とりあえずオリガが私の話を聞いてこのメルローまでやってきたというのはわかったわ。それで、オリガはこれからどうするつもりなの?」
「迷宮で強くなって、いつかルドミラ様と一緒のパーティにとは思っていたんですが、なかなかいい仲間が見つからず仕方なくソロで頑張っていたら、ルドミラ様が戻ってきているという話を耳にして。探してみたら、あの子がルドミラ様と一緒に楽しそうにしていて、それで……」
「あんなふうに突っつかってきたわけね」
「ごめんなさい」
どんどんと小さな声になり、そして体を縮みこませながらオリガがルドミラに頭を下げる。
それに対してルドミラは小さくため息を吐くと、膝をついてオリガと視線を合わせた。
「謝る相手が違うのはオリガもわかっているわよね」
「うっ」
「ほらっ、私も一緒に謝ってあげるからいくわよ」
「そんなっ、ルドミラ様が謝ることでは……」
そう言ってルドミラは強引にオリガの手を取って立たせると、自分が悪いのだから謝るのは自分だけだと主張するオリガを連れてラティアの前に並ぶ。
そしてルドミラは迷うことなくラティアに向けて頭を下げた。それに習ってオリガも慌てて頭を深々と下げる。
「ごめんなさい、ラティア。あなたを巻き込んでしまったわね」
「本当にすみませんでした」
「いえ、推しが別の人と一緒にいて嫉妬する気持ちはわかるしね。別に危害を加えられたわけじゃないし、面白いものも見れたから別にいいですよ」
まるで気にした様子もなくあっさりと許したラティアに、少し驚いた表情でオリガは固まり、ピコピコとその長い耳が動く。
その耳の動きにルドミラは柔らかい笑みを浮かべ、そしてパンと手を打った。
「せっかく会えた同族なんだし、お茶でも飲みながら皆で一緒に話しましょうか」
「いいですね。チェイス、なにかお茶請けになるものってある?」
「ドライフルーツくらいならあるぞ。探索に持っていくつもりだったやつだが」
「カレンがいてくれればなにかパパッと作ってくれるんだろうけど、仕方ない。それでいっか」
「いや、結構高いんだからな。まあ別にいいけどよ」
あれよあれよという間に整えられていくお茶の準備に、うまく対応することができずオリガがきょろきょろと視線をさまよわせる。
そんなオリガの手をとり、ルドミラが笑う。
「オリガ、こっちよ」
「は、はい!」
ビクッと体を震わせてオリガは、自分の手を包む柔らかな感触に微笑みを浮かべる。
そして自らを歓迎しようと準備をしているチェイスとラティアの下に向かって、ルドミラと一緒に歩き出したのだった。
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