第6話 ラティアの農場
キーラが間に入ったことで、話はトントン拍子に進んでいった。
翌日には子どもたちは畑で働くことに決め、その当日中に農耕ギルドで身分登録を済ませてしまった。
ラティアが慌てて畑の購入を斡旋してくれるという農夫にドラゴンモールの肉を届けがてら会いに行くくらい早いその動きは、全てキーラが取り仕切ったからこそなしえたものだった。
元々キーラのスラムに似合わぬ立ち振る舞いに、なにかしらの事情があってスラムに住んでいる人物なのだろうと想像はしていた。
しかしその想像以上にキーラは有能であり、そしてスラムの子どもたちからの信頼を得ていたのだ。
「ラティア様。とりあえず農具なんかの手配はしてきたぞ」
木だま亭のラティアの工房の作業台に書類を広げていたラティアが顔をあげ、扉を開けてそう報告してきたリックに向き直る。
ラティアの顔にはクマなど全く見えず美しく健康的なままだったが、その少し歪んだ表情にはどこか疲れを感じさせた。
「ありがとう、リック。堆肥関係はおじさんのところに行けばくれるって言ってたから畑を耕す準備は大丈夫として、サラの服の進み具合はどうだった?」
「楽しそうに作ってたから多分大丈夫だと思う」
「わかった。材料が足らないようだったら買ってきてあげて。はい、お金」
そういってラティアが無造作にお金の入った布袋をリックに渡す。その100万エルは入っていそうなずっしりとした重みにリックはわずかに顔をひきつらせるが、それを取り落とすようなことはなかった。
もう農具を買うために渡されたときにそれは経験済みだったからだ。
お金を渡したラティアは、再び書類に向き直る。
その書類は、銀級冒険者であるラティアが保証人となり、スラムの子どもたちを農耕ギルドに登録するにあたって渡された注意事項や農耕ギルドの規約などだ。
いちおう農耕ギルドの職員とキーラに口頭で説明はしてもらったのでそれで大丈夫だとラティアは思っているのだが、必ず読むようにとキーラにきつく言われてしまったためそれを読んでいるのだ。
「なあ、ラティア様。俺たちのときもそうだけど、そんなに簡単に保証人になっていいのか? 俺たちが3年の間になにか起こしたら、ラティア様も責任を負うんだろ?」
「らしいね。まあ前科があるなら私もちょっと考えるけど、皆スラムに住んでいただけっていうのはあの水晶のおかげでわかっているし。しかし外から来た私には保証人がいらないのに、中に住んでいたリックたちにはいるって言うのは変な話だと思うけどね」
「それは、俺たちが……」
スラムの住人だから、という言葉を続けようとしたリックの額が軽く弾かれる。
「痛っ!」
赤くなった額を押さえるリックの足元を、くしゃくしゃに丸められた紙が転がっていく。それを投げた当人のラティアが、少し真剣みを帯びた瞳でリックを見つめる。
「さっきも言ったけど、スラムに住んでいただけだよね。そんな些細なこと私には関係ないの。私が気持ちよく生産をするために手伝ってくれるっていうのなら、私はその人に正当な対価を払う。それが職人としての私の生き方」
「そっか」
「まあキーラさんと同じように子どもには幸せになってもらいたいって気持ちもあるしね。それにぐちゃぐちゃしたものの中で、リックやサラのような原石を見つけられると楽しいでしょ。じゃあ後は頼んだよ、原石くん。私はしばらく書類と格闘するから」
そう冗談めかして終わったラティアが、ぱたぱたと書類を振って体の向きを変える。
その華奢な背中をリックはしばらく眺め、ぐっと自分の拳に力をこめて気合を入れなおすと先ほど渡されたお金の入った袋を手製のリュックに詰め、工房から出ていったのだった。
「という感じの結果、畑を始めることになりました」
「いや、まあそれはいいんだけどな。帰ってきて早々、俺たちはなにを見せられてるんだ?」
「私の頑張った成果?」
そう言って首を傾げてみせるラティアに、チェイスとルドミラが苦笑を浮かべる。
ルーフデンの防壁の外、街からだいぶ離れた場所にある、あぜによって区切られた広大な畑には、既に青々とした野菜の芽などがその葉を広げており、そこを子どもたちが動き回ってせっせとお世話を続けていた。
彼らの顔は一様に明るく、その元気の良い声に周辺の畑で働く人々も頬を緩ませている。
耕作されていない土地は雑草の源になってしまうため、それを畑に変えてくれた子どもたちへの評価は悪くないのだ。
「まあいいんじゃないかしら。人助けにもなっているみたいだし」
「そうなんだがな……」
元気に走り回る子どもたちを見つめルドミラは優しく微笑んでいたが、同じ光景を見ながらチェイスは違和感を覚えていたのだ。
「ラティア。お前、またやっただろ」
「ああ、アレですか。やりましたよ。農業スキルを上げてもらわないといい素材が出来ませんから」
暗に子どもたちを連れてドラゴンモールを倒しに行っただろと尋ねたチェイスに、ラティアは当然のように肯定を返す。
まだまだ痩せて見える子どもたちには、そこまでの体力があるようには見えない。それなのに重労働の畑仕事をこなしながら、疲れた様子を見せない子どもたちの姿は不自然すぎた。
少し呆れた様子で言葉を続けようとしたチェイスの視線の先で、白い物体が畑を横切っていく。それを見た瞬間、チェイスとルドミラがその足に力をこめた。
「ホーンラ……」
「肉だ!」
「逃がすな!」
警戒の声を発し、駆け出そうとした2人の目の前で、畑に侵入してきたホーンラビットめがけて子どもたちが殺到していく。
そして手に持っていた鎌や鍬でホーンラビットに襲い掛かると、ホーンラビットはなんの抵抗をすることも出来ず倒されてしまった。
しばらくして倒れたホーンラビットが光になって消え、残った肉を見た子どもたちが歓声をあげる。
「やった。今日はお肉だ!」
「僕。僕が最初の一撃入れたからちょっと多めでお願い」
「だめだよ。皆で分けるんだから。小さい子にも食べさせてあげたいし」
がっつく男の子を、一番体格のいい女の子がおどおどしながらもなんとかなだめようとする。しかし不満そうな顔をした男の子の機嫌は良くなりそうにはなかった。
そんな男の子の頭に、少し年上に見える少年が手を置いてくしゃっと撫でる。
「そんなに肉が食べたいなら早く仕事を終わらせて狩りに行けばいいだろ。俺がついていってやるから安心しろ」
「うん。ありがと、レスリー。僕、頑張る!」
「おう」
元気に走り去っていく男の子を眺めて笑う少年、レスリーに先ほどの一番体格のいい女の子が頭を下げる。
「ありがとう、レスリー」
「別にいいぞ。アラベラは後で料理もあるから大変だろうが、もうちょっと頑張ろうな」
「うん」
そうレスリーは体格のいい女の子、アラベラに優しく声をかけ、自分も作物の世話に戻っていった。
アラベラは目元を隠した前髪ごしに、しばらくその背中を見つめ、そしてホーンラビットの肉を回収すると自分も作業に戻っていく。
そんな一連のやり取りを眺めた2人に、ラティアは淡々と告げた。
「ああやってホーンラビットを狩ってくれるから農家の人たちにも感謝されてるらしいよ。たまに冒険者と喧嘩になるらしいけど、そのあたりはレスリーとアラベラがうまく交渉してくれているみたい」
「そうなのね」
「まあ、ラティアが関わって普通の畑になるわけがないよな」
どこか諦めたような口調の2人に、ラティアはにっこりと笑って返したのだった。
畑の見学を終えた3人はルーフデンに戻り、そのまま木だま亭に向かった。
もうすぐ夕方ということでほとんど客のいない木だま亭で、チェイスたちは約1か月ぶりの再会をカレンと祝う。
そして夕食を作ると厨房に入ったカレンを見送った3人はカウンターに横並びに座って話しはじめた。
「じゃあファセールにも手がかりはなかったんだ」
「いちおう継続してハンスが情報を探してくれるとは約束してくれたが、望みは薄いだろうな」
転移に関係していそうな水晶のような物体について、港湾都市ファセールでも情報はなにも得られなかったことを伝えたチェイスの顔は少し渋いものだった。
だが、その表情は決して諦めたようなものではなく、継続して調査する強い意思をラティアに伝えていた。
「でね、これ以上個人で動き回っても情報が出てくるとは思えないから、チェイスと相談して方針を変えたの。もう一度あの水晶を手に入れようって」
「つまり迷宮都市メルローに行くってことですね」
「ああ。その前にラティアが現れた場所を探そうと思うんだが……」
「あっ、それはたぶんないです。私もそう思ってドラゴンモールの肉を狩りがてら、探しに行って軽く掘ってみたんですけどなにもなかったです。深く掘ればまた違うのかもしれませんけど」
子どもたちに畑で働いてもらうことになり、そのアドバイスやフォローを畑を斡旋してくれた農夫にお願いする代わりとしてラティアはドラゴンモールの肉を追加で納めていた。
そのついでに土竜の源泉にも行ってみたのだが、そこでピンクの水晶を発見することはできなかったのだ。
その事実に少し落胆する2人だったが、すぐに気を取り直してラティアを見つめる。
「ありがとう、ラティア。手間がはぶけたわ」
「いえいえ、協力する仲間のためですから」
「俺とルドミラは準備が整ったらメルローに向かう。ラティアはどうする?」
「どうする、とは?」
「ここに残るか、俺たちと一緒に行くか、ということだな」
きょとんとした瞳で見つめてくるラティアに、チェイスが再度問いかけるとラティアは首を傾げておかしそうに笑った。
「えっ、ついて行きますよ。ルーフデンで気になっていたことも一段落しましたし」
「いいのか?」
「だって私たち仲間なんですよね。それにダンジョンに行くなら私がいたほうがいいでしょ」
当然のように答えたラティアに、チェイスとルドミラは顔を見合わると微笑みあう。
「じゃあ行くか、メルローに」
「そうね、頑張りましょう」
「はい。素材がどれだけ集まるかも楽しみですしね」
お互いの意志を確認し終えた3人は笑い、カレンが作った夕食を楽しく食べたのだった。
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いよいよダンジョン攻略です。




