第4話 お土産
ルーフデンの街に帰ったラティアは3人と別れ、工房にこもり作業を始めた。
「なにか良い素材はあったかなぁー」
ご機嫌な様子でラティアはマジックバッグを探し始め、ラティアはほどなく瓶に入った赤黒い液体をそこから取り出す。
少し粘り気のあるその赤黒い液体は、作業台に置かれたことで少し波打つ。どこか絡みつくようなその動きは見るものが見れば気持ち悪く思えるようなものだったが、ラティアは全くそんなことを気にしない。
「コカトリスの血を使うなら、これと、うーんこのくらいかな」
そう言うとラティアは次々と素材を取り出し、半球状にくぼんだ型や先の細い筆などの道具を用意していく。
そしてひととおりの準備を整い終えたラティアは、ふぅ、と息を吐いて心を整える。
「さて、せっかくのお土産なんだし、気合を入れないとね」
そう呟いて作業に入ったラティアの顔は、いつもとは違う職人らしい真剣なものに変わっていた。
お土産の作成を済ませたラティアは、その翌日の昼過ぎにリックに案内されて路地裏の道を歩いていた。
とても楽しそうな顔で歩くラティアとは対照的に、リックの顔はとても気まずそうなものになっている。
「なあ、本当に行くのか?」
「うん。リックだっていけそうだと思ったから案内してくれるんでしょ?」
「いや、まあ。それはそうなんだけどよ」
理解はできるが、完全に賛同はできない。そんな様子のリックの背中をラティアが押して歩く。
「まあダメだったらお土産だけ渡して帰ればいいよ。約束したことだしね」
「わかった。でも絶対に迷惑はかけるなよ」
「わかってるって」
「本当かなぁ」
気楽な調子のラティアに疑いの目を向けながら、リックは慣れた様子で裏路地を歩いていく。そしてやっとラティアにも見覚えのある建物がある場所にたどり着いた。
そこはラティアとリックが始めてであった場所。そして……
「着いたぞ、っておい!」
大きく息を吸い込み始めたラティアの口を、振り返ってそれに気づいたリックが慌ててふさごうとする。
しかしそれよりも早く建物のドアが開かれ、2人の男がそこから姿を現した。
「大声で呼ぶなって伝えたはずなんだがな」
「あれっ、そうでしたっけ?」
顔の左目の辺りに痛々しい刃の跡が残る渋みのある中年の男が、ラティアを右目と左目の義眼で呆れたような表情をしながら睨み付ける。
その後ろにいるひょろりとした目つきの悪い若い男は、全くそのとおりだと言わんばかりにコクコクと首を縦に振っていた。
「もう帰ってくるなと言ったはずだ」
「すみません、ダンさん」
ため息を吐き、視線をリックに向けたダンが漏らした言葉に、リックが頭を下げて謝る。
それを見て調子にのったダンの後ろにいたやせた目つきの悪い若い男が口を開こうとし、ラティアに視線を向けられてさっとダンの後ろの隠れた。
「いや、私がリックに無理を言って案内してもらったんです。約束の物を渡すのと、ちょっとお願いがありまして」
「約束のもの?」
「これですよ」
そう言ってラティアが手に持っていた布袋からつるりとした球体を取り出す。それは薄暗い赤色の瞳が特徴的な義眼だった。
まるで本物の目をくり抜いて取り出したようなその姿に、リックと若い男が「げっ」と声を漏らす。しかしダンはそこまで驚くことなく、むしろ感心したようにそれを見つめた。
「きれいな義眼だな」
「はい、作るって約束しましたよね」
「そっちの約束は覚えてたんだな。まあせっかくの嬢ちゃんの好意だ。ありがたくつけさせれもらおう。こいつもそろそろ限界だったしな」
こんこんと左目の義眼を突き、ニヤリと笑ったダンがそのまぶたを大きく開けてそれを取り出す。
そしてぽっかりと左目が空洞になった異様な姿に驚きもせずに近づいてくるラティアの胆力に小さく笑いながら、差し出された薄暗い赤の瞳でその空洞を埋めた。
「どうですか? 最初は少し違和感があると思うんですけど」
「いや、前のものよりも収まりがいいくらいだ。ただ……」
すんなりと収まったその目は、これまでの義眼で感じていたごろごろとした嫌な感触のないものだった。
しかしそれとは別の、今まで感じたことのない、まるで目と脳が繋がっているかのような不思議な感覚をダンは覚える。
表現のできないその違和感に少し顔をしかめながら、ダンがその視線をラティアからリックに向けた。
「ダンさん、とてもよ……」
不自然なところで言葉を切ったリックを、ダンが不思議そうに見つめる。しかしリックはダンを見つめ口を開いたまま固まっており、その続きが口から出ることはなかった。
それに気づいた目つきの悪い若い男が、少し心配そうにしながらリックのところに向かう。
「おい、リック。どうした? ダンの兄貴、こい……」
声をかけても全く身動きせず反応すらしないリックの様子に、その男はダンの指示を仰ごうと振り返って、リックと同じように途中で言葉を止めてその身を固まらせる。
なにか異様なことが起きている。それを察知したダンはこの状況でも平然としているラティアに視線を向けた。
「あっ、私には効きませんよ。魔眼って強い相手にはほとんどレジストされちゃいますから」
「魔眼だと!?」
驚き目を見開いたダンに、ラティアが当たり前でしょといったように説明を始める。
「ちょうどコカトリスの血が手に入ったんで、麻痺の魔眼にしてみました。効果は一定時間相手を麻痺させること、ですね。まあただのコカトリスなんで効果はそこまでじゃないですけど。いやー、やっぱり人間でも使えるんですね」
「コカトリスだと。災害級のモンスターだぞ。まさか嬢ちゃんが?」
「いえいえ、ちょっとした伝手ができまして、その人にもらいました」
ラティアを先ほどまでのどこか不思議な少女という印象から不気味な存在に昇格させたダンが恐る恐る尋ねる。
麻痺が効いていないどころか気にした様子もないラティアの態度は、ダンよりもラティアがはるかに上位の存在であることを暗に示していた。
もしかしたら麻痺対策の装備を身に着けているかもしれない。その考えはダンの頭にもちらりと思い浮かぶが、それでもそれを用意するだけの別種の力がラティアにあることの証拠にしかならないのだ。
「それで、こんな大層な魔眼をお土産にしてまで俺に依頼したいのはなんだ?」
「そうですね。あっ、その前にこの眼帯をあげますね。いつまでも痺れたままだとリックが可哀想ですし。いちおう制御はできるはずなので訓練してみてください」
「あ、ああ」
弱い相手にしか通用しないとはいえ、相手を麻痺させ動けないようにできるというのは破格すぎる性能だ。
使い道を誤れば、スラムの勢力図を塗り替えかねない魔眼の対価を用意できるとはダンには到底思えなかった。
しかし真っ黒な眼帯を差し出してくるラティアは、大層な要求をしてくるような感じには見えない。まるで些細なこととでも言わんばかりのその態度に、ダンの背中にこれまで感じたことのないほどの寒気が走る。
受け取らないの? と首を傾げるラティアの手から眼帯を取り、それで自分の左目を覆い隠しながらダンは密かに呼吸を整えていた。
「「ぷはぁ」」
ダンの義眼が覆われ見えなくなった瞬間、リックと若い男が同時に息を大きく吐き、手を膝について荒い息を繰り返す。
明らかに疲労困憊といった様子のリックに、申し訳無さそうにラティアが声を掛ける。
「ごめんね、リック。どんな感じになるのか私も知らなくって」
「いや、まあラティア様がやることだからな」
「俺には謝罪なしかよ」
麻痺の魔眼による疲労は抜けるのが早いのか、大きく息を吐いたリックはもういつもどおりに戻っていた。同じく調子を取り戻した若い男もぶつくさと文句を言っていたが、ラティアはそれを黙殺する。
その間に眼帯をつけ終わったダンが軽く頭を振り、そしてその右目でラティアを見つめた。
「要求を聞こうか?」
「これから畑を作ろうと思っているんだけど手が足らなくて。リックやサラみたいにお手伝いできる人を紹介してほしいなって思ったんですけど。あと働く人を管理できるような人材もいてくれたら助かります」
「ヤバい畑とかじゃないな?」
「綿花とか生産の素材を育てるだけです。違法なものは育てませんよ」
疑うような瞳で見てくるダンに、ラティアはあっけらかんと笑ってみせた。しばらくダンは圧を感じるほどの視線でラティアを見つめ続け、そしてふっと、力を抜いて苦笑いを浮かべる。
「嬢ちゃんの定規が俺にはわからねえよ。マーロン、適当に使えそうな奴を嬢ちゃんに紹介してやれ。リックの姿を見れば警戒心も解けるだろ。あと、キーラ婆さんにも繋いでおけ」
「げっ、あの婆さんにも繋ぐんですか?」
「人の管理ならキーラ婆さんだろ。ほらっ、行ってこい」
「わかりました」
ダンに背中を叩かれ、目つきの悪い若い男、マーロンが肩を落としながらラティアたちの案内を始める。
ラティアはその後についていきながら、隣でマーロンに同情するかのような目を向けるリックを見て不思議そうに首を傾げた。
お読みいただきありがとうございます。
もうすぐ出発だ!
たぶん。




