第1話 なつかしの我が家
裁縫師の獣人の女の子の名前をサラに変更しました。
クロエがいっぱいでしたね、気づきませんでした。
ルーフデン。そこはゼギオン王国有数の大都市であるのだが、特にこれといった産業のない都市だった。
それでも大都市となったのは王都と港湾都市ファセール、迷宮都市メルローなどとの中継地点にあるため、交通の要衝として発展することになったというのが実際のところだ。
1つ特色として挙げられるとしたら近くにとても難易度の低いダンジョンがあるため、初心者の冒険者たちが集まることぐらいであり、冒険者の界隈では初心者の街としてよく知られている。
そんなルーフデンの街のある路地にある1軒の食堂からは、今日も活気のある声が響いていた。
「クク、こっちを3番テーブルに。チノ、シー婆ちゃんの会計よろしく」
「はいはーい」
「わかったよ、てんちょ」
店長である背の低い少女、カレンの指示に従って、双子の姿をした自動人形であるククとチノが忙しそうにフロアを動き回る。
1日で最も忙しい時間帯である朝ということもあって、店の中のテーブルは全て埋まってしまっていた。
カレンは微笑む老婆ににこやかに笑って返し、そして厨房に戻っていく。両親がいたころのような活気のある店の雰囲気に、頬を緩めながら。
しばらくして店も落ち着き、店内に残る知り合いの客にも食事を提供し終えたカレンは、ぐでっとカウンターに体を預けて休んでいた。
明らかに疲労困憊であるその姿を眺め、ククとチノが笑みを浮かべる。
「お疲れですねー、店長。肩でも揉みましょうかー?」
「全身マッサージでもいいよ」
「いや、そこまでじゃないから。ククもチノもお疲れ」
のほほーんとしたククに温かい眼差しを、そしてからかってきたチノに少し冷めた視線を送りながらもカレンは2人をねぎらう。
現状、店がなんとか営業できているのは、ホールで働いてくれているククとチノがいるおかげなのだ。
常連だった人たちが少しずつ姿を消していくつらい日々を鮮明に覚えているカレンにとって、2人と一緒に切り盛りする忙しい日々は大変だが楽しいものだった。
そのとき、3人のがいるカウンターから少し離れた店の奥の扉が開き、2人の少女が姿を表す。
肩のあたりまで伸びた艷やかな赤髪をなびかせた、まるで作り物のように整った顔立ちをシた少女は、この木だま亭の奥の工房を間借りしている人形師のラティアだ。
ラティアは隣りにいる三角に尖った耳をピンと張っている獣人の少女のサラに、楽しげに話しかけながらカウンターに近づく。
「カレン、私たちにもご飯ちょうだい」
「いいよ。メニューはなんでもいい?」
「うん」
カウンターのいつもの指定席に座ったラティアの適当な注文に、少し苦笑いを浮かべながらカレンが応じる。
サラはそんな2人のやりとりを横目に見ながら、少し焦った仕草で自分の腰につけた小さな布袋から硬貨を取り出す。
「あの、今日こそお金を……」
「いいって、いいって。ラティアにはちゃんと家賃を払ってもらってるし、その分材料費に使えばいいよ」
カラカラと笑ったカレンはそうサラに言い残すと厨房に入っていってしまった。
硬貨の乗ったサラの手のひらは、ゆくあてもなくしばらくさまよい、そして結局硬貨は元の袋に戻される。
「今日も払うことができませんでした」
「人の好意は素直に受け取っておくといいよ。特に駆け出しの頃はお金がないしね。まあサラの場合、半分駆け出しからは抜け始めているけど」
「本当ですか!?」
「生産に関しては嘘はつかないって」
ラティアの評価を聞いたサラが嬉しそうにその尻尾を揺らす。それをちらりと眺め笑みを浮かべながらラティアはコクリと首を縦に振った。
「私たちが王都に行っている間もしっかりと練習を続けていたみたいだしね。私が出した課題以外も自主的に練習していたでしょ?」
「はい。リックが色々と協力してくれたんです。素材を狩ってきてくれたり、食事も用意してくれたり。そのおかげでいっぱい頑張れました」
「そっか。リックも頑張ったんだね。うーん、これはご褒美をあげるべきかな?」
「あの、それなら私が!」
少し頬を染めながら手を挙げるサラの姿に、ラティアはおやっ、と心の中で驚く。
ラティアが王都に旅立つ前の2人は家族のようなものであり、そこに恋愛感情のようなものはなかったように見えていた。
しかし今のサラは、少なからずリックのことを意識している。そのことにラティアは頬を緩ませる。
「そうだね、じゃあ服とかはサラに任せようかな。お手本を作るから練習しよう」
「はい」
「じゃあ私は武器でも作るかな。久しぶりだし、腕が鈍ってないといいんだけど」
「ラティア様は鍛冶もできるのですね」
「まあそこそこね」
「そこそこ、ですか」
絶対にそこそこなんて腕ではないだろうと、キラキラとした尊敬の眼差しでサラがラティアを見つめる。
それはまさしく的中しているのだが、当のラティアは本当に一流の武器職人たちを知っているため、これ以上自分の評価を上げようとは思っていなかった。
たとえこの世界でどれだけ逸脱した腕をしていようとも、鍛冶に関してラティアは未熟なのだから。
「はい、お待たせ。なんの話をしていたの? 盛り上がっていたみたいだけど」
ラティアとサラの目の前に、カレンが料理の載った皿を置き、2人の間に楕円状に切られたパンの入ったバスケットを置く。
湯気とともに肉の香ばしい匂いが広がり、サラのお腹がキューと可愛らしい音を立てた。
「先に食べよっか」
「はい……」
恥ずかしそうにお腹を抑え、真っ赤になった顔を伏せるサラの姿に、ラティアたちだけでなく店の中にいた客までもが微笑みを浮かべる。
そんなどこまでも暖かい空気が、木だま亭を包みこんでいた。
王都からルーフデンに帰ってきたラティアたちだったが、現在この街にチェイスとルドミラはいない。
港湾都市ファセールまでハンスの護衛として同行していったからだ。
国外ともつながりのあるファセールは、王都とはまた違った意味で情報が集まる街であり、ハンスの伝手も使ってなにかわからないか調べに行ったのだ。
情報収集という点では全く役に立たないことを自覚しているラティアはそれについていかず、ルーフデンに残った。
手に入れた希少な素材を使って装備などを作りたかったし、自分の代わりに裁縫師として頑張ってくれる予定のサラの成長を確認したかったからだ。
再会したサラは、ラティアの予想以上に腕を上げていた。1か月程度の期間しかなかったというのに、スキルとしては既に下級上位、一般に一人前と呼ばれるくらいのものまで作れるようになっていたのだ。
それに喜んだラティアは、サラを工房に連れ込み自らの技術を教える日々を過ごしていた。それはある意味でとても充実した日々でもあった。
「でもこれ以上スキルを上げるなら、この辺りには適した素材があまりないんだよね」
ご飯を食べてお腹がいっぱいになったせいかウトウトし始め、ついにはカウンターにつっぷして眠ってしまったサラを眺めながらラティアがぼやく。
生産でスキルを上げるにはそれに適した素材を使うのが1番の近道なのだ。その素材が手に入る場所がルーフデンの近郊にはほとんどなかった。
それはゲームならあり得なかった状況であり、現実の不便さにラティアの眉間にしわが寄る。
「なにかいい方法があるといいんだけど」
同じくカウンターの向こうで寝ているカレンに笑みを向け、ラティアは2人の寝息を響く店内でゆったりとした時間を過ごしていた。
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新章突入します!




