第18話 ルドミラの想い
差し出された御者の手を取ることなく、その少女は足場を駆け下りるとルドミラの前で笑顔を浮かべる。
「しばらくぶりだね、ミラ。その子が今回一緒に行くという冒険者かい?」
「はい。ヒルデガルドより推薦を受けたラティアです」
「ラティアと申します。ええっと……」
「ああ、ごめんね。僕のことはクロエって呼んでほしい。まっ、本名じゃないんだけどね」
肩をすくめてクロエが楽しそうに笑う。あっけらかんと偽名であることを告げてしまうクロエに対して、ラティアはむしろ好感を覚えた。
そしてなにより……
「男装のボクっ娘かぁ。それもいいですよね」
「あっ、ラティアもそう思うかい? 以前ヒルデガルドに紹介してもらった冒険者に教えてもらってね。この姿をしているときはそうしてるんだ」
「良い趣味をした冒険者だったんですね」
「面白い子だったよ。というよりヒルデガルドが僕に紹介してくれる冒険者は変わった子が多いから。そこのミラも含めてね」
クロエに名指しされたルドミラにラティアが視線を送る。
その指摘に心当たりがあったのか、ルドミラはその白い肌をわずかに赤く染めながらすっと目を逸らした。
「私は普通です」
「えっ? 初めて会った僕に、片思いしていた人がいなくなっちゃった。もっと素直になれば良かったって涙を見せるのはミラの中で普通なの?」
「あれはっ、くっ!」
ますます顔を赤くしていくルドミラにラティアが聖女のような優しい視線を向ける。
「ルドミラさんは、ツンデレエルフだったんですね」
「変な呼び名をつけないで! あの当時は、そのっ、ちょっと色々余裕がなくて、クロエが聞き上手だったからつい」
言い訳をするルドミラの顔は、湯気でも出ているんじゃないかと思うほど真っ赤に染まっていた。
そんな姿を見ながら、ラティアは少しの引っ掛かりを覚える。先ほどの言い訳の言葉と、自分に謝罪したときの言いようがあまりに似すぎていたから。
「もしかしてルドミラさんの片思いの相手って、チェイス?」
「っ!!」
「あっ、これは当たりみたいだね。僕にも名前は教えてくれなかったのに、へー、ミラの好きな人はチェイスって言うんだ。ラティアの知り合い?」
「はい。狼の獣人の頼りになる冒険者で、とても世話焼きの優しい人ですよ」
「うわー、僕も見てみたい。ねぇ、ミラ。今日の予定は変更して、そのチェイスさんのところに遊びにいこっか」
クロエの提案に一瞬ルドミラは目を見開き、そしてぶんぶんと首を横に振ってそれを否定した。
「ダ、ダメです。まだ心の準備が整ってません!」
「えー。エルフの心の準備なんか待ってたら何年もかかっちゃうよ。それに時間は毒になることもあるんだから、せっかく再会できたチャンスを生かさないと」
「というか、ルドミラさん。この前チェイスに喧嘩をふっかけていましたよね。察しのいい男ならあれでルドミラさんの好意に気づくかもしれませんけど、チェイスはたぶん言葉どおりに捉えちゃってますよ」
「うわっ、ミラそんなことしたの。素直になればいいのに」
2人の年下の女の子に次々と指摘を受けたルドミラの瞳がうるみ、涙が溜まっていく。そしてそれに気づいた2人が止める間もないまま、顔をうつむかせたルドミラの瞳から涙が流れ落ちた。
「私だって、私だってわかってるんです。このままじゃダメだって。でも、チェイスの前に立つとどうしても緊張しちゃって、言葉がうまく出なくなっちゃって、それで……」
背を丸め、ぎゅっと握り締めた拳を震わせながら涙を流すルドミラの姿は、まるで小さな女の子のようにラティアには見えた。
ラティアは少しの間考え、そしてそっとクロエの耳に口を近づける。
「ねえ、クロエ様。今日の予定なんだけど、ルドミラさんのために使っちゃダメですか? 依頼人の言うことならルドミラさんは聞くと思うんですけど」
「いいね。どうせ息抜き目的で予定なんかあってないようなものだし、ミラには世話になっているから恩返しもできそうだ」
こそこそと打ち合わせをしたラティアとクロエが同時にうなずく。そして小さく笑いあうと、クロエがすっとルドミラに近づきハンカチを差し出した。
「泣かないで、ミラ。素直になるって難しいよね」
「そもそも気づかないチェイスにも問題があると思うし。ルドミラさんは頑張っていると思いますよ」
「クロエ、ラティア」
2人に挟まれながら励まされ、ルドミラが受け取ったハンカチで涙を拭う。
そして心配そうに見つめる2人に、少しぎこちないながら笑顔を見せた。
「ごめんなさい、みっともないところを見せちゃって」
「そんなことないですよ。むしろルミドラさんの乙女な一面が見えて、親しみがもてました」
「ミラが仕事以外みっともないのはいつものことだしね」
クロエに笑顔でそう告げられ、ルドミラがピシリと体を固まらせる。
「クロエ様って意外と辛らつですね」
「そうかな? そういうミラだから僕は好ましいと思っているんだけど。さて、じゃあ気分転換も兼ねてなにか美味しい物でも食べに行こうか。ラティアのおすすめってある?」
「私は王都に来たばかりなのでなんとも。クロエ様のおすすめはありませんか?」
「クロエ、でいいよ。そっかラティアはおのぼりさんだったのか。じゃあ僕がエスコートしてあげるよ。王都は僕の庭だからね」
得意げに笑いながら歩き出したクロエの隣にラティアがついていく。そして数歩先に進んだ2人は同時に振り返り、動きを止めたままのルドミラに笑いかける。
「いくよ、ミラ」
「仕事はしっかりするんですよね?」
「違います! 仕事も私生活も私はしっかりしていますから」
そう言って駆け寄ってくるルドミラの姿に、ラティアとクロエは顔を見合わせて楽しそうに笑うと視線を前に向けて歩き出す。
それぞれの頭の中で、これからどうするのがいいだろうかと考えながら。
ルドミラおすすめの通りから少し奥まったところにある小さな喫茶店で、3人はお茶と軽食をとって気分を入れ替える。
そしてそこでの雑談の中で、ラティアが先輩冒険者であるルドミラが普段どんな店に行っているのか興味があるという話を振り、それに乗ったクロエの言葉もありルドミラに案内をしてもらうことになったのだが……
「ここの店主は性格こそ少し偏屈ですが、その腕はこの王都の中でも指折りの……」
得意げに説明を始めるルドミラをよそに、ラティアとクロエの表情は思わしくない。
それもそのはず、これまで巡ってきた全ての店は品揃えも良く、性能に関して言えば申し分なかったが、無骨で華やかさどころか彩りさえほとんどない店ばかりだったのだ。
最初に案内されたよく行くという食料品店で、携帯食料の味について店主と嬉々として話しはじめた段階で嫌な予感はしていたのだが。
「もしかしてルドミラさんって、色々残念な人?」
「仕事一筋だと考えることもできるけど、僕もここまでとは思わなかった」
奥からやってきたドワーフの店主と、新しいローブについて話しはじめたルドミラを眺めて2人がため息を吐く。
ここまでルドミラに案内されたのは、この防具店を含めて全て冒険者に関する場所ばかりだった。その途中には宝飾店や雰囲気の良いレストランもあったがルドミラは一切見向きさえしなかったのだ。
「いつもミラはあのワンピースを着ているから、よほどお気に入りなんだと思っていたけど、もしかして私服はあれしか持っていないとか?」
「いや、それはさすがに……あるかも」
ドワーフに見せられた遊び心の全く感じられない真っ黒なローブに目を輝かせているルドミラの姿に、ラティアが発言を途中でひっくり返す。
「よし。今日はミラの全身コーディネートをすることにしよう。それでいいかい、ラティア?」
「そうですね。ルドミラさんがチェイスの前で素直になれないのって、そういった面で自信が持てないからかもしれませんし」
「そうだね。好きな人に好きって言える幸運にせっかく恵まれているんだから、ミラには幸せになって欲しいんだよね」
一瞬だけクロエは表情を曇らせ、そしてそれを誤魔化すように柔らかく笑みを浮かべる。
そんなクロエの姿を、ラティアは静かに見守っていた。
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