第12話 探し人の発見
蔦の絡まった背の高い木に視線をやり、その隣で寄りかかるように立つ細い木をラティアが眺める。
なんとなく見覚えがないような気がしたのでラティアは別の木に視線を巡らせていくが、たいした特徴もない木々ばかりでラティアの記憶に引っかかるところはない。
腕を組んだラティアはしばしの間目を閉じて考え込み、悩ましげな声をあげる。
「そもそも素人の私が、初めて入った森で道とかわかるわけないよね。たしか迷ったときは空を見ればいいって聞いたことがあるけど、そもそもどっちの方向に進めば出られるのかすらわからないんだから意味ないんだよなぁ」
枝葉の隙間からのぞく青い空を見上げながらラティアがため息を吐く。
王都に街道を通っていくことをラティアは覚えているが、そもそも王都がだいたいどの方角にあって、障害物を避けるように敷かれた街道を現在どの方角に向かって進んでいるのかということについてラティアは全く把握していなかった。
景色でも見ながら進んでいればまだ違ったのかもしれないが、あいにくラティアはずっと針仕事に没頭しており、手がかりすらなかったのだ。
「うーん、となると木でも切り倒して、それを放り投げてチェイスに居場所を知らせて助けてもらうとか? あー、でもチェイスにはあいつらの監視をお願いしちゃったし」
はらはらと落ちてきた葉を掴み、何気なくくるくると回しながらラティアが考えを巡らせていく。
その耳には複数の獣が近づいてくる足音が届いていた。それに感づいたのか、近くの木にとまっていた小鳥が羽を広げて反対方向に飛んでいく。
それを見たラティアの頭に、ひらめきが降りる。
「あっ、そうだ。ここはゲームじゃないんだから糸で木とかのオブジェクトも掴めるんだった。それなら」
ラティアはおもむろに右手を振り上げると、その指先から伸びた聖龍のひげをはるか頭上のしっかりとした枝に絡める。
そして地面を蹴りつけて飛び上がると、その勢いのまま聖龍のひげを操作し自分の体を木の頂上より上に持ち上げてみせた。
「おおー、けっこうなんとかなるもんだね。訓練したら映画とかアニメみたいなことができそう。さてと、チェイスたちは……あっちか」
森の上の広がった視界からは、先ほどまでラティアがいた街道がよく見えた。そこには見覚えのある1台の馬車が止まっており、チェイスらしき人がそのそばにいるのも確認できる。
4人の冒険者たちが少し離れた位置で固まっているのを見つけ不機嫌そうに眉根を下げたラティアだったが、ふぅ、と息を吐いて気持ちを入れ替える。
「じゃ、このまま帰ろうかな。降りると面倒だし」
ラティアは左手で差し出し、聖龍のひげで少し前方の木の幹を縛り、自分の体を運んでいく。
糸を操る感覚が若干いつもと違うため戸惑いはあったが、それでも確実に前にラティアは進んでいた。
「これならすぐに戻れ……んっ?」
視界の端に覚えた違和感にラティアが動きを止めてそちらへと顔を向ける。
しかし視界に映るのは奥に広がる広大な森であり、勘違いかとラティアが思ったそのときだった。その森の中の1本の木が不自然にゆらゆらと揺れたのを見つけたのは。
「なにあれ?」
ラティアがじっとその木を観察する。他の木よりもわずかに背が高い以外に特筆すべきことはなさそうだったが、ときおり何かに揺らされているようにその枝葉が不自然に動いている。
そして首を傾げていたラティアはついに見つける。上へ上へと登ろうとする男が伸ばした手を。
「おっ、これはラッキー。たしかにフォレストウルフは木の上に登れば安全かぁ。ゲームだったら修正されそうだけど」
自分の下で吼えているフォレストウルフにちらっと目をやり、ラティアがうなずきながら進路を男のいる木に変える。
なおも上を目指して登っている男を眺めながら進んでいたラティアだったが、ふとその違和感に気づく。
「なんでそんなに必死に上に登っているんだろう。別にそこまで上に行かなくても危険は……えっ?」
疑問を口にしたラティアに正解を教えるように、男が登っていた木がゆっくりと傾いていく。男は決死の表情で隣の木に向かって跳び、その姿はラティアの視界から消えてしまった。
むろんそんなことをフォレストウルフでは集団になったとしてもできるはずがない。そこにいるのは、フォレストウルフなど比べ物にならないほどの力を持った未知のなにかだった。
「せっかく見つけたのに、死なれたら後味悪すぎるでしょ!」
先ほどまでののんびりとした動きではなく、枝を掴んで自らを前方に飛ばすようにしながらラティアが移動を始める。
自らの風を切る音を聞きながら、ものすごい速さで流れていく景色の中で男が跳んだであろう木をラティアは目指した。
ほどなく目標地点に着いたラティアは、何本もの木が倒れ開けた土地と、その付近の1本の木の中ほどの枝に掴まる男を見つける。
まだ十代中盤ほどの若い男は全身に擦り傷を負っており、くじいているのか右足をぶらんとさせたまま必死に上に登ろうとしていた。
そんな男を逃がさないとでも言わんばかりに、ドゴッという音が響き木が揺れる。
そちらに視線をやったラティアの目に飛び込んできたのは、真っ白な毛並みのふくよかな体型をした猫のモンスターだった。
「親子ケットシー? まさか本当に?」
ラティアが思わず目を疑う。
それもそのはず、ラティアが言う親子ケットシーとはゲーム時では1日に1体しか現れないレアモンスターなのだ。
しかもゲーム内のどこに現れるかも完全にランダムであり、狙って出会うことは不可能。完全に運に頼るしかないという廃人泣かせのモンスターだった。
ラティアは遭遇者がスクリーンショットで撮った画像を元に親子ケットシーの人形を造ったことがあった。ころころと転がるような真っ白な毛並みが可愛らしい2匹のケットシーだったが、その素材は親子ケットシーのものではない。
なぜなら親子ケットシーは人語を話す特殊なモンスターであり、自分が持っている持ち物とランダムアイテムを交換してくれる仕様だったからだ。
その交換されるアイテムは『猫妖精の』が頭につくものばかりであり、オークションなどで高値で取引されていた。
性能としてはそこまで強い物ではなかったが、例えば猫妖精の剣であれば攻撃が当たると「にゃーん」という鳴き声をあげる面白装備であり、親子ケットシーはいわば運営の遊び心のつまったアイテムの配布係のような存在だったのだ。
その希少さと可愛らしさからトワイライトメモリーのモンスターでも屈指の人気を誇る親子ケットシーだったが、ラティアの目の前でくるっと体を球体状にし、回転しながら木の幹にぶつける姿にその面影はない。
そしてなにより……
「子どもがいない?」
親の肩に背負われているはずの子どもの姿がどこにもなかった。
ラティアはキョロキョロと周囲に視線をやり、そして木を登る冒険者のお腹に爪を立てて掴まっている子どものケットシーの姿を見つける。その白い毛並みの一部は赤く染まっていた。
ラティアは頬をピクリと震わせ、男に近寄っていく。
「その子どもケットシーを離しなさい!」
「うわっ、なんだよお前。なんで空飛んでんだよ!」
「私のことはいいから早く!」
「できたらしてるよ。こいつ離れてくれないんだよ。なんなんだよ、せっかくパーティに入れたから喜んで中級薬草を採取しに来ただけなのに。いきなりこいつを押し付けられて、あいつは襲ってくるし、なんか空を飛ぶ変なやつもやってくるし! うわっ」
憤まんやるかたなしといった表情で叫んだ男が、揺れた幹にバランスを崩しそうになり慌てて近くの枝を掴む。
その男の言葉に偽りがあるようにはラティアには見えなかった。本当に訳もわからず必死に逃げており、それ以上はなにも知らないのだ。
ラティアは男から視線を外し、つぶらな瞳を鋭くして男を睨みつけている親のケットシーに向き合う。
「ちょっと待ってて。あなたの子どもは今返してあげるから!」
その言葉に、親のケットシーが睨むのをやめ木から離れていく。それを見てほっと胸をなでおろしたラティアは男の胸に掴まる子どもケットシーに手を伸ばした。
「おいで。親のところへ戻してあげる」
やさしく微笑みかけるラティアを子どもケットシーはじっと見つめ、そのつぶらな瞳を潤ませながらその口を開く。
「それは……無理ニャ」
その瞬間、再びドゴッという音が響き、木の幹がミシミシと嫌な音を立てながら揺れたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
明日のクリスマスイブも変わらず更新予定です。
更新されなかったら……たぶんプレゼントを配りに行っているんだと思ってください。




